さらさらと風が流れ、さらさらと砂が流れ、さらさらと時が行く。そうして少しずつ褪せていくのだと。
僕は朽ちていくものがすき。過去になって、そこにいた人の温度や思いが目に見える形で残りながら風化していく。そんなところがすき。だから、ここがすき。
いつでも散歩がてら、夕暮れのメランコリックに浸れる。
少しずついなくなる人。少しずつ空いていく家。少しずつ減っていく店。少しずつ消えていく文化。あぁ美しい。
だけど、僕だけじゃない。ここにいるのは、僕だけじゃない。だから。
楽しいを作ることにした、みせることにした。
ここにも本当はあるのに、気付かれにくいすてきなものを、僕が集めてみんなに教えてあげる。気付いて、好きになって、そして根付いて、広がって。
そうしたら人が増えるかもしれない。廃墟や懐かしい風景は消えるかもしれない。それは、僕のすきなものが減るってことかもしれない。
けど、だいすきなこの場所は続いていくから。それもいいのかもしれない。
〉心と心
(このままでいてほしい、でもなくなってほしくない)
逆さまの蝶は地の底へと羽ばたく。
その翅を震わすほど深く沈みゆく。
心は光を求めても、決して届かない。
であれば沈めばいいのに
それでも飛びたがるから
ますます沈んでいくんだ。
〉逆さま
人の気持ちは目には見えない。
「それには深い理由があるの」と、小さい頃世話になった教会のシスターが言ってた。
深かろうが浅かろうが、そもそも理由があろうがなかろうが、正直どうでも良い。この話も覚えていたくて覚えているわけじゃない。繰り返し聞かされているうちに、ただ耳に残っただけのことだ。
「見えないから知りたくなるし、知ることで好きになることもあるでしょう」
見慣れた教会で、今日俺は結婚式をする。相手は教会の紹介で働き始めた頃に出会った人で、何度か顔を合わせるうちに、少しずつ仲良くなった。色んな話を聞くうちに、絶対にこの人だと思った。確認を取ると、彼女は間違いなく俺が教会から指示されて探している人だった。
「見えないから、人は人を愛せるのよ」
来週には新婚旅行で悲劇に見舞われて、愛しい妻を失う。そんなシナリオが用意されている。
〉愛情
優しい話にしたいのに
どうしていつもこうなる
風が随分冷たくなって、色付いたはずの景色はあっと言う間に寒々しくなる。日も短くなって、気が滅入る理由ばかりが目につくようになる。寒さは人を殺すのだ。
雪の多い地域では、雪片付けの最中に除雪機の事故や屋根の上からの転落などで人が死ぬことが珍しくない。納棺師が言うにも、冬は仕事が多くて、夏は比較的に暇だとか。
人の死はきっと暗がりに潜むんだ。
日の当たらないそこで、ねぇ。もしかしたらあの路地裏で、誰かが息絶えているかもしれない。きらびやかな大通りよりは、なくもない話だろう?
相変わらずノスタルジックばかりを歌う美しい人の歌声に心はまどろみながら、たゆたうような幸福感さえ感じながら、その片隅で冷やかさを隠しきれない。だって人は一度落ちてしまったら、どこまでも落ちていくしかないのだから。
〉落ちていく
休前日の午後のカフェ。どこからか溢れるように、可愛らしい声が漏れ聞こえた。
「ねぇママ、けっこんってなぁに?」
ひしめく話し声が薄い膜のように、あちこちにかかる中、不意にはっきりと聞こえた問い。しばし答えらしき声のないまま、はたまた周りの音に飲まれたか、とカップの中のコーヒーを見つめて思案する。
「……なんだろうねぇ?」
「ママもわかんない?」
「うん、わかんない」
子供の問いかけは時々ものすごく難しい。親は大変なんだろうなぁ、なんて他人事。当たり前という言葉で眩んだ物事の本質に、純粋な疑問をぶつけられると、くたびれた大人は戸惑ってしまう。案外賢いのは子供の方かもしれない。
〉夫婦