たまにはあかるいのとか、たのしいのとか。
書いてみたいけど、浮かばない。
〉どうすればいいの?
どうしてだろう。耳が静寂を拾えなくなった。有りもしない音が鼓膜を撫でていく錯覚の中で、必死に静けさを探した。意識的に繰り返す深呼吸。落ち着こうとすればするほど、何故かかけ離れていく。上手く行かない。そんな時ふと目に入った、さくらのアロマキャンドル。誕生日にもらったまま、可愛すぎて使えないからずっと飾っていたものだった。寒さの厳しい頃に生まれた私の誕生日に、さくら。お店の中の季節変化はとにかく早いのだ。そしてそれを秋に灯そうとしている。ちぐはぐだなぁと笑って、気付いた。あぁ、もういつもの静かな夜だ。火を探すのをやめ、また灯る機会を逃したキャンドルを、そっと飾った。
〉キャンドル
声に色なんて無い。
文字にエフェクトなんて無い。
それでもあなたの教えはいつも、ぼくにとっては導く光そのもの。
〉一筋の光
何かが動く。肌を撫でるように、伝うように。温度の異なるそれが、どうにも気持ち悪い。だけど動けない。混濁する意識。保ち続ける気力もない。ただただ、眠気に似た重たさに、飲まれる。君が僕を好きになってくれたことは、純粋に嬉しかったんだ。本当に、うれしくてーー。
「おやすみなさい。これであなたも、ずっと私と一緒ね」
〉永遠に
なぁ知ってるか?
ささやく人の声が、すれ違いざまに鼓膜を撫でる。少し距離があいた頃にどよめきとざわめきが場を揺らす。
なにそれすげーじゃん!
めっちゃいい!
え、でもマジなの?
やばくね?
行ってみようぜ!
増す一方のボリューム。楽しそうで何より。その様は若者の特権だから。
話の内容は何となく察しがつく。まことしやかに広まった、夢みたいな条件の求人の話だろう。そこで働く人の紹介以外では応募することが出来ないという特殊な条件のもと、破格の給金でありながら仕事内容はある屋敷に住むだけ、というもの。立地は僻地でありながら、娯楽にもさして事欠かない。自然豊かなアクティビティに、最新の電子機器の類も揃っている。居心地が良過ぎて、行ったやつはまず帰って来ない。夢みたいな話だよな。
だけどまぁ、普通に考えてみようか若者たち。
誰も帰って来ない。本当に?どんなに快適に設えた場所であっても、誰一人帰らないなんてことがあると思うか?
もし仮に誰一人去らないのであれば、求人が出続ける理由は?
人づてにしか辿り着けない、正規のルートで求人が出ないのはどうして?
夢のような生活に憧れる気持ちもよく分かるが、起きながらにして夢の中にいるのは、あんまりいい気分じゃないぜ。
独り言のように頭の中で考える。彼らがまやかしの夢に飲まれないように祈りながら。その間も体は勝手にどこかへ向かう。
今やこの体の全ては俺の意思のもとにない。脳に埋め込まれたチップから出る電子信号が全ての権利を奪ってしまった。意識だけはぼんやりあったりなかったり。感覚的には夢を見ている時や、金縛りのそれに近いような気がする。
なぁ知ってるか?若者たち。まばゆい理想はきっと、雪のように儚く脆いんだ。
〉理想郷