朝は肌寒くて布団に包まる。
昨日まではまだ暖かかったのに、今日は急激に身体が冷える。
もはや今の日本に秋はない。
冷たい水道水で顔を洗い、重い瞼を強制的に開かせた。
顔がヒリヒリして痛い。
クローゼットの中にしまい込んでいた厚手のコートを引っ張り出して着込む。
テレビから流れるニュースは今日の最低気温を知らせていた。
外へ出ると一気にひんやりした風が私に吹きつける。
ポケットに両手を突っ込んで、
小走りで私の家の前で待つ君のもとへ向かった。
「おはよう」
「おはよ、コート可愛いじゃん」
トナカイみたいに鼻を赤く染めた彼女は白い息を吐いた。
いつも髪を縛ってる彼女が今日はその長い髪を下ろして、白いマフラーを巻いている。
「あんたもね」
「ありがと」
そうぎこちなく顔を動かして笑う君が綺麗に見える。
いつもより静まり返った街が、
冬が始まった合図を告げているみたい。
私達は「寒いね」なんて言い合って、身を寄せて歩き出した。
“冬のはじまり”
「進捗はどんな感じ?」
「あともう少しかな」
真昼間の静かな部屋で二人向かい合って座る。
僕は目の前に座る彼女をじっと見つめた。
陽に透けた黒髪は色を変えて、君の雰囲気を優しくする。
時々顔を上げて僕に視線を移す君に、
思わず胸がどきりと音を立てる。
そんな僕の様子も知らず、
君は長い睫毛を伏せてキャンバスに鉛筆を走らせた。
古めかしい美術室に充満する油絵具の匂い。
ガヤガヤと聞こえる周りのクラスメイトの声。
薄汚れた黒板に描かれた「似顔絵の練習」。
君の瞳に僕はどう写っているのだろうか。
君の描く僕は一体どんな姿をしているのだろうか。
早く君の描いた絵がみたい。
けれど、この時間がずっと続いて欲しいと願ってしまうのは
僕の我儘なのだろうか。
“終わらせないで”
家に帰れば必ず君は出迎えてくれる。
君はいつも澄ましたような顔をして、あたかも「まっていませんでしたよ」なんて言いたげに欠伸をする。
君の頭を撫でれば、尻尾は更に動きを大きくする。
僕が家の中に足を踏み入ると君は離れていくけれど、代わりにお気に入りのボールを口にくわえて待ち伏せをする。
僕が君に近付けば、思ったよりも素直にそれを口から離して、瞳を輝かせて上目遣いで見つめてくる。
職場で良い事があって気分がいい日も、
全てに疲れきって家に帰る夜も、
君は毎日のように僕のそばに居た。
極偶にあるんだ。君との別れを想像して気分が落ち込む日が。
そんな時も、君は僕の隣にのそのそやってきて、僕の心を見透かしたように顔を舐めてくる。
「ずっとそばにいるよ」って言ってくれているのかな。
なんて思ってしまう。
君が僕の幸福の一部になっているように、
僕も君の幸福の一部になれているのだろうか?
今もすぐ隣で無防備に眠っている君。
僕はまだ、君の暖かな優しさに甘えていてもいいですか?
“愛情”