今朝は少し早く家を出たせいか、
柔らかな雨の中、泉のほとりにたたずむ五頭の鹿を見たのでした。
(あの山にあんなに鹿がいて、お山はだいじょうぶかな。と心配になったりもする。)
「柔らかい雨」
大学の構内。
木が植えられてちょっとした林のようになった場所で、紅葉を見ながら、きれいな落ち葉などを探していた。
ブーツが葉っぱを踏んでカサカサ鳴る音もおもしろい。
すると、一人の同じ歳くらいの男の子が、
「これ」
と言って畳んだメモのようなものを渡してきた。
差し出されたので反射のようになんとなく受け取ってしまうと、男の子は足早に去ってしまった。
男の子が去った後、おそるおそるメモを広げる。
ルーズリーフだ。
何も書いてない?
いや、真ん中のあたりがなんか…
ルーズリーフの真ん中のあたり、コンパスの針で空けたような、小さな穴がたくさん空いている。
日にかざしてみる。
『すきです。』
小さな一筋の光が文字になった。
慌ててさっきの男の子を探してみる。が、もう見当たらない。
次に会った時に彼だと分かるだろうか…
「一筋の光」
紅葉狩りの幼稚園児たちを乗せたバスから、感情たちがこぼれて、道の脇の吹き溜まりに溜まっています。
大体の感情は 'たのしみ' です。
『ねえねえ、どうする?』
『バスから落っこちちゃったね。』
『お山のてっぺん、いきたいよね。』
『いきたいいきたい。』
『じゃあ、みんなでいっちゃう?』
『うん!』
『…あのこはどうする?』
一人が、少し離れたところで物憂げな顔をしている '哀愁' を指差しました。
『なんで幼稚園バスにあいつが乗ってたんだ?』
首を傾げましたが、
『いく?』
と聞くと、哀愁はこくり、と頷きました。
たのしみたちはわくわくと、とても楽しみな様子で、変わらない哀愁とともに、みんなで手を繋いで一列になって、助走をつけて、道の向こうの谷から吹き上がる上昇気流にびゅん、とのりました。
いっぺんに、お山よりはるか上まで上がり、それから手を離して、ふんわりみんなで落ちていきました。
みんな、ぶじ、お山のてっぺんの開けた場所に着きました。
『あれ?哀愁は?』
哀愁が見当たりません。
『あそこ。』
一人が指差した先、大きな銀杏の木のてっぺんに、まるでクリスマスツリーの星みたいに哀愁がいました。
相変わらず物憂げなたたずまいで…。
『ああ…』
『まあ、いっか。
あれはあれでたぶんたのしんでいるでしょう。』
園児たちより先にてっぺんに着いたたのしみたちは、ぞんぶんに紅葉狩りを楽しむのでした。
きっと、哀愁もね。
「哀愁を誘う」
ナルキッソスレベルになりたい。
おごりの季節は短い。
「鏡の中の自分」
乗員7名の広い宇宙船。
船の中で何の病か、仲間が次々と倒れ、死んでいってしまった。
活発だった船員が、段々と動けなくなり、食事も飲み物も摂らず眠ってばかりになり、そのまま静かに息をしなくなる。
みんな同じ症状。
なぜか知らないがわたしだけは無事で、一人残されてしまった。
もうずっと一人。
そして食料も飲み物も残り僅か。
ほんとは母星やステーションに戻ることもできた。
でも仲間が次々と死んでいき、わたしの精神はまともではなくなり、それに、それらに戻ると仲間の死が決定的なものになるようで、戻りたくなかったのだ。
カプセルの中で、眠っているようなきれいな仲間達の体。
わたしが紙で作った花が、一輪ずつ置かれている。
わたしは大好きだったジュールの頬に、カプセル越しにキスをして、隣の自分のカプセルに入る。
そして一粒の飴玉を見つめる。
黒か藍かに無数の小さな銀色の粒がきらきらと散らばり、まるで宇宙を小さく固めたような粒。
これは仮死状態になる薬。
仮死状態の内に見つけられればわたしは息を吹き返し、見つからなければそのままほんとの眠りにつく。
どちらでもいい。
高い技術で作られた船は、どこまでも安全な航路を選択し、その性能は恒久的だ。
眠る7人を乗せて、船は穏やかに宇宙を進み続ける。
「眠りにつく前に」