この国の地中深く、大鯰が住んでいるらしい。
他はどうか知らないが、この土地のものは大鯰というより大山椒魚だと思う。
山椒魚はよく眠る。
でも時々目を覚ましては
『アバレタイ』
と言い出す。
なのでその土地のあたりのいろんな神々が時折鯰を訪れてなだめる。
神通力を使って体を撫でてあげたり、掻いてあげたり、ゆっくり動かしてあげたり。
山椒魚は寂しがりだ。
神々の訪れがないとひどく機嫌が悪くなる。
最近はその神々も数を減らしている。
『ナンカチイサクナッタナ。』
ある神が訪れた時、山椒魚は言った。
昔から一番山椒魚の世話をしてくれた神だ。
神は神通力を使いながら言った。
『私の体は信仰心や願いでできているからね。最近の者達は私を信じたり頼ったりあまりしないのだよ。』
神は続けた。
『それでも、私はよくお世話をされているからね。私の社はきれいだし、信じて頼りにしてくれている人もまだ多いのだよ。
だから私もこうやっておまえの世話ができる。』
『………』
『ナンダカムズムズスル……』
鯰が言い、
『これこれ。』
と言って、山椒魚がかゆいであろうところを神通力を使って神がやさしく掻いた。
『さて、そろそろ行こうかね。』
神を見送った後、山椒魚はいつものように眠たくなって、ふわー、と大きな欠伸をした。
「神様だけが知っている」
シャカリキに自転車を漕ぐ
汗をかいて
半袖の白いシャツ
カゴにはプールバッグ
この坂を
この坂を登ったら
世界は開けて…
目の前に現れた
真っ青な空に真っ白の入道雲
ブラシで磨き上げられたみたいにピカピカの
瓦屋根の光る小さな町の向こうには海が広がる
あともう少し
下り坂
風を受けて
「この道の先に」
薄紫のどんよりとした曇空。
さっきまで雨が降っていて、アスファルトは黒く艶めく。
すると、一箇所だけ雲が割れて光が差し込む。
道路横の田園風景の中の農具置き場の掘っ立て小屋にその光が降り注ぐ。
スポットライト………
「日差し」
きれいなお花畑だったり
吹雪く雪の景色だったり
桜の花が散り舞っていたり
金色の銀杏の降る景色だったり
新緑の葉の揺れる景色だったり…
生まれてからほとんどの時間をここで過ごしたわたしには、この窓越しに見えるものが世界。
それでも、それはいつもいつも光を浴びてキラキラして、ガラス越しにそれらを見てるとまるでわたしがそのすてきなものたちを透明なケースに閉じ込めて持っているみたいに思えた。
閉じ込められてるのはわたしの方なのに。
でももうそれも終わりみたい…。
目を閉じるとその景色たちがいっせいにわたしのあたまによみがえる。
ああ、やっぱりちゃんと閉じ込めておけれてたんだ…こんなところに…
「窓越しに見えるのは」
蜃気楼の向こうから一人の背の高い男が歩いてくる。
足音もたてず、でも確実にこちらに向かってきている。
すぐそばまで来た時、男はこちらを向いて、大きな口でにたり、と笑った。
「ヒィッ」
口の中は血でいっぱいになっていた。
『恐怖!赤い糸ようじ』
糸ようじのやりすぎには気をつけよう!
「赤い糸」