「あの、私の目の色って何色…?」
毎日見ている君の顔。もちろん目もそのひとつ。
「うーん…宇宙みたいな色…。」
「ええ…そうじゃなく黒とか茶色とかで…。」
本当のことなんだけどな。深い宇宙の瞳。その奥には君が見てきたたくさんの物語。うれしいとき、たのしいときにはたくさんの星がきらめく宇宙。もうとにかくいろいろな色があるから何色とは言えない。宇宙色。
「…宇宙みたいな色か。」
「うん。俺のいちばん好きな色。」
「あの、私も。」
「そっか、同じだ。」
好きになったのは君の影響だ。君と出会う前は宇宙や惑星のことなんて少ししか知らなかった。地球と太陽と月と火星とかそのへん。
君のいちばん好きな海王星があんなにきれいなんだって一生知ることもなかっただろう。
君の瞳の中に俺の日常に溶け込んでやさしく寄り添ってくれる宇宙がある。
それが見たいから君を見つめるんだ。
…なんてな。これはただのこじつけ。
君を見つめるなんて日常になってしまったからちょっと格好つけてみた。
「…な、なに?」
「うん?かわいいなって。」
「……変なの…。」
いいじゃん。理由なんてなくても。
日常なんてそんなもんさ。
好きな色
日常
恋に落ちたことはあるか。
昔からの友人に問われ、俺は無いと答えた。
恋をしたことはある。叶ったものも叶わなかったものも。だが落ちるという感覚はわからなかった。
俺も無い。はははと笑いながら友人は言った。なんなんだ。
もし落ちたら教えてくれ。話を聞かせろ。おごるからさ。
お前にはそんなこと一生無いだろうけどなとでも言いたげな顔だった。この野郎め。まあそれもそうか。
恋に落ちる音を知っているか。
すとん。ずるり。どぷり。どくり。
ずくん、だよ。俺は。
心臓がずくんと疼いて全身の血が上にあがった。
顔が熱くなって目の前がちかちか光った。
光の向こうにきれいなあの人がいる。
今の俺の顔を見られたくなかった。きっとひどい顔をしている。
暑いの?顔赤いよ?ふふ。だってさ。
ああ、少し、暑い…っすね…。必死に声を出してなんとかごまかそうと目をそらした。
どれどれ、そんなあの人の声。ひやりと冷たいものが腕に当たった。
本当だ。暑いね。白いスズランのような可憐な手だった。
こんなのもう戻れるわけがない。
地上がどんなものだったかなんてもう忘れた。
落ちて落ちた底の無い恋。
約束だ。おごれよ。
落下
「僕がじいさんになるころにはもうちょっと介護も楽になってると良いねぇ。」
「そうですね。」
「ロボットとかAIとかさうまく活用できればねぇ。」
「はい。全くその通りです。」
「やっぱりまだイメージ悪いかね。」
「残念ですがそのようです。」
「…ロボットごっこ?」
「これが普通です。」
「君みたいなロボットなら楽しそうだ。」
「私はいらないと?」
「そうじゃないよ。その、なんというか。」
「私は旦那様と一緒に過ごす日々が愛おしく思います。これから先の未来も共に歩めたらと。」
「そうか。それはうれしいな。」
「人体改造手術を受けるなら指先をマシンピストル、膝をライフルにしたいです。」
「腰から強化アームは?」
「良いですね。6本は欲しいです。」
「目からビームは?」
「この国を海に沈めなければいけない時に使用します。」
「そんな未来が来ないことを祈るよ。」
「左様ですか。残念です。」
未来
2024.06
「今月までじゃないか。」
まだ先だと思っていた賞味期限が目の前に迫っている。
「ええ…じゃあもう1年以上経ったということか…。」
時の流れは早い。25くらいを過ぎたあたりから急激に早くなった気がする。
「1年か…。」
去年の今ごろは何をしていただろうか。いろいろあってお互いバタバタしていたから思い出が特に無い。
ふとスマホの写真フォルダを開く。
「去年の6月…うーん…ん?」
何かのレシピのスクショが出てきた。米、しょう油、白だし…。
「…ああ焼きおにぎりか。」
ひと手間加えた焼きおにぎり。少しにんにくが効いていて美味いんだ。おにぎりを何個も握るのは面倒だが。
「最近作ってなかったな。」
あいつも美味いといってまた作れとせがんできたな。
そういうことは珍しい。思い出した。
「…あいつが、か。」
いつのまにか思い出のほとんどにあいつが登場するようになった。癪だ。
「…休みだし、ひさびさに作ってみるか。」
無性に焼きおにぎりが食べたくなったんだ。俺が。
あいつは関係ない。うん、関係ない。
1年前
「お、おわ…おわっ…た……!」
「…おつかれさん。」
ついに、ついにやったぞ…。読破した…!
ものすごい達成感だ。そして、
「つかれた…。とにかくつかれた…。」
「だろうな。分厚い、しかも文字が小さい。漫画すらまともに読めないお前には無理だと思っていた。」
そう。昔から本は苦手だ。活字は目が滑る。漫画は頭が疲れる。でも今回は違う。
「愛の力だ。愛が奇跡を呼んだのさ…。」
「大げさだ。」
「俺にとっては奇跡なんだ。」
「…感想も用意しておけ。」
「…だよなあ。」
正直今は疲れた、以外の感想が出てこない。でも、いつのまにかこの本は俺の日常に溶けこんでいた。
ふとこの本の登場人物のことが頭をよぎったり主人公たちが見た景色を想像したり。そう、だから。
「この本を返すときには今よりましな感想を伝えられると思う。彼女がいちばん好きな本だ。俺もいちばん好きになったよ。」
「…そうか。そりゃ、まあ、よかったな。」
そう言って俺の目の前の友人は手元の本に視線を戻した。でかい体を小さくして真剣に読んでいるその本にはたくさんの動物たちのぬいぐるみの作り方が載っている。見覚えのある本だ。こいつの去年の誕生日に買ってやったやつだ。以外に高かったことを思い出した。
「それがお前の好きな本?」
「…そうだな。2番目に好きな本だ。」
「なんだよ。1番じゃないのか。」
「うちにある大量の手芸本の中で2番は名誉なことだ。」
こいつの優しい笑顔は昔から変わらない。この笑顔に免じて2番でもまあ許してやるか。
「1番はどんだけすごいんだ。」
「俺が初めて自分で買った本だ。マスコットの作り方が載っている。」
「そっか。そりゃかなわないな。」
「ああ。あの本があったから今の俺がいる。宝物だ。」
そういえば彼女はあの本を古い友だちのようなものと言っていた。本って不思議な存在だな。
「いいな。2人がうらやましい。」
「…お前、あのゲームの攻略本のことを以前話していただろ。あれだって立派な本だ。」
あ、そうか。そういえばそんなものがあった。
「実はいま彼女にゲームと一緒に本も貸しているんだ。忘れていたよ。」
「ん?俺に貸してくれるんじゃなかったのか。」
「え、あ…ごめん。それも忘れていた…ごめん。」
「…その本はちゃんと返せよ。」
「…はい。」
好きな本