「今年こそはスノボに挑戦しようと思ってます。」
「へぇ…。」
おっとりした話し方と見た目とは裏腹にこの人はなかなかアクティブな生き方をしている。たぶん。
「まあスキーすら滑れないんですけどね。今旦那にスケボー教わっているんです。昨日は一回転して転んじゃって。ふふ。」
「け、怪我には気をつけて…。」
日頃から危なかしいところがある人だ。本当に気をつけてくれ…。
「店長さんもやります?スノボ。」
「俺は…遠慮しておきます。」
「あら。お上手そうなのに。」
昔から体力だけはある。体力だけだ。スポーツは苦手。
「俺は今年の冬、セーターかカーディガンを編もうと思ってます。編み物、去年あまり出来なかったので…。」
「えーっ。すごいですね!」
どちらかといえば手芸やら工作の方が得意だ。素人レベルではあるが楽しいのが一番。
「あ、冬に向けて、ですね…。冬になってからじゃ遅いんだ。」
「では冬に成果を発表し合いましょうね。うんうん、楽しそう。」
「…頑張ります。」
うん。たしかに楽しくなってきた。目標は違えどやりたいことがたくさんある者同士で話すのは楽しい。最近、というかこの人と出会ってから気付いた。
「じゃあ編み物の季節になる前に羊毛フェルトをマスターしなきゃ。まだまだ作りたいものがたくさんあるんです。よろしくおねがいしますね。」
「…あ、ああ。もちろんです。」
この人の手芸作品はなかなか前衛的で独創的で個性的でコアなファンがいる。店に作品を並べるとあっという間に完売するんだ。少しうらやましい。
「やりたいことたくさんあって困りますね。時間とお金がいくらあっても足りないんですもの。」
「…ああ。本当に。」
やりたいことよりもやるべきことを優先しなければいけない。もどかしいが仕方がない。庶民だからな。
「あ、セーターといえば。動物が体を貫通しているように見えるセーター知ってます?あれかわいいんです。店長さんに似合いそう。」
「か、貫通…?」
やりたいこと
最近の昼夜の寒暖差はなんなんだ。
ちょっとコンビニに、なんて気軽に行けやしない。
まあ行くけど。仕事の日だって彼女とデートしたいじゃないか。新作のコンビニスイーツを食べてご満悦のほにゃっとした顔が見たいんだ。
いやそれにしても寒い。
「毛布が手放せない。」
「うん。寒い。」
「ぎゅーしていい?」
「…うん。あったかい。」
そんなふうに寒い寒い夜をふたりで乗り越える。
そしていつのまにか夜が明けた。
太陽がみんなを明るく照らして今日を教えてくれる。
あんなに寒かった夜が嘘のようだ。
さすがに暑かったのかふたりの体は少し離れていた。
太陽と君の温もりをもう少し感じたくて寝る前と同じように彼女を抱きしめる。おはようにはまだ早い。
「…暑い。」
「毛布を剥いだよ。まだ暑いなら裸に…いてっ。」
「ばか。」
少しずつ暖かい夜が増えてきた。
また暑い日々がやって来る。
朝日の温もりに感謝出来るのもあと少しだろう。
朝日の温もり
人生は選択の連続だ。
進学、就職、夕飯のメニュー、ゲーム上での結婚相手。
そしてそれらの責任は自分でとらなければならない。
「その女と死ぬか。俺と生きるか。
さあ選べ。ハニー。」
俺に選べというのか。
こんな、こんなことがあってたまるか。
無理だ。そんなことを選ぶくらいなら、俺は。
「しょうがねえなあ。」
「後悔は無いのか。」
「ねえよ。」
「俺はあんたを選べなかったんだぞ。」
「くどい。」
「けど。」
「愛の言葉で許してやらあ。」
自分のケツは自分でとれるっつうに。ガキじゃあるまいし。
「…好きだ。」
これで充分だ。ハニー。
岐路
「世界は本当に終わるんだな。」
「うん。終わる。」
「でも俺たちは生きてしまうのか。」
「うん。生きる。死ねない。」
馬鹿でかい隕石が落ちて宇宙人が侵略しに来た。
未知のウイルスが蔓延してエネルギーは底を尽きた。
…かどうかはわからない。でも世界は終わる。
そして始まる。
「他の人間、生き物はどうなるんだ。」
「生きる。わりと多く。」
「そりゃ良かった。」
良いのかな。まあ良いのか。さみしいし。
「やさしい。あなたはやさしいから好き。」
「そうか?そんなこと言われたのは初めてだ。」
冷たい世界が終わる。そしてあたたかな世界が始まる。
「今生きている人はやさしい人。冷たい人、怖い人、乱暴な人は死ぬよ。」
「つまり君もやさしい人だということか。」
「…え。…うん?… あ、そうなの…?」
「そういうことだろ。」
笑った。やさしい笑顔。これだ。
「やっぱりあなた。これからの世界に必要なのは。」
「随分と大ごとになってきたな。」
「神様になって。」
「すごいな。」
冷たい世界の終わりを
やさしい神様と共に見送る。
あたたかな世界の始まりを肌で感じる。
良かった。私の人生は無駄ではなかったんだ。
世界の終わりに君と
私の聖域。人として大切なものを取り戻せる場所。
小さいけれど居心地が良くてかわいいが溢れたお花屋さん。世界でいちばん素敵な人のお店。
「最悪です。」
「ふーん。そりゃ良かったね。」
これは夢?いいえ、夢であっても許せない。
「何故あなたが。」
「花買いに来る以外に用事ある?」
「余所に行けば良いじゃないですか。」
「何そんなキレてんの。お前には関係ないだろ。」
ああ最悪。この男に会ってしまうなんて。
どうして。なぜ。このお店なの。お花屋さんは他にもあるでしょう。
「用が済んだらさっさと出て行ってください。」
「はは、何様だよ。お互いただの客だろ。」
聖域が汚れる。ああ最悪。最低。
「…あ、あの、お待たせ、しました…。」
私の太陽。アポロン。今日も格好良くて可愛らしい。
その力強く美しい手には純真さと妖艶さを併せ持った白いバラの花束が。そして。
「どうも。きれいだね。ここで頼んでよかった。」
「あ、そりゃ、それは…どうも。」
この男の手に渡ってしまった。ああ最悪。
「それじゃ。また。」
また?またって言ったの?また、なんて無いの。
そう、あってはならないの。もう二度と。
「あー、ええと…。」
どうやら憎しみで我を忘れていたらしい。時間を無駄にしてしまっていた。あんな男のために。ああ最悪。
「ごめんなさい。今日は…」
「…良いのか、追いかけなくて…。」
「え?」
「…さっきの。男前を。そういう関係じゃ…?」
「え?」
私が?あの男を?あの男と?
「…いや、あの、恋人…彼氏じゃないのか?」
ああ
最悪