saku

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8/7/2023, 2:02:33 PM

ドラマや映画はもちろん、学校、友人、恋愛、家庭、電車、車の運転、家事、病気でさえも、どうしても入り込んで行けなかった。
誰にも何にも馴染めない。一体感がない。
常にガラスのドームの外にいる感じ。
世界はガラス越しにある。
中ではみんな、本気で笑ったり怒ったり、悲しんだりホッとしたり。
…面白そう。

ネットで検索して、
「それは〇〇という病気に多く当てはまる症状です」
と名前をつければ少しは安心するかと思ったけど…まあそんな筈もなく。
無理に入り込もうとすればする程、事は複雑になるばかりで、世界は更に遠退いて行った。

ならばもう、こっちから馴染もうとするのはやめよう。
別にそこまで望んでるわけでもなし、
と腹を括った途端、あらゆるものがはっきり見えるようになった。
ちょうど初めてメガネを掛けた時のように、全ては細部まで明るく、立体感を持ってこちらに迫って来るようだった。

私と世界を隔てていた、あの分厚いドームはついに消えてしまった、と思えるくらい、目の前の物や事の輪郭がくっきり明確に感じる。
私は手を伸ばして近くの椅子に触れてみた。

いや、ドームは消えてなんかなかった。
相変わらず私と世界の間には隔りがある。
ただしガラスの曇りがみんな消えて、まるで隔りなんか存在しないみたいに澄んでいるのだ。

…ああそうだったのか。
したくないことをただ漠然と、しなければならない、それは皆するものだからと惰性で続けてきたこと、それがガラスを曇らせていたのね。

隔りは、ある。これは最初から決まってたことだ。
違和感は「曇ってませんか?」というお知らせランプだったんだ。

これからは隔りを感じたら、目の前にどこまでも広がっている美しいガラスの曇りを確かめよう。



8/6/2023, 12:58:22 PM

太陽

太陽の光を浴びる時、
出来るだけ光が奥まで届くよう意識する。
でもシミになったらイヤなので、肌以外の額の奥のそのまた奥の、多分海馬とか松果体とかに、あとは胸の真ん中奥深く、心の芯にピンポイントで届ける!と決めてからパッと浴びる。

日の光を浴びた後、部屋でゆっくりしていると、まるでティーバッグから紅茶が滲出するみたいに、全身の皮膚からじわじわ黒いものが染み出て来るような気がする。
そろそろ止まるだろうと思っても、黒いものはいつまでもいつまでも、全身の至る所から滲み出てくる…

面白くなって毎日やってると、ほんの少しずつだけど、黒い色は灰色に、濃い色は薄らいできた感じがする。
それと同時に、体の色が漂白したみたいに白くなっていく気がする。
このまま続けてたら、向こうが透けて見えるようになったりして。。

そうなったらすぐ街に出て、同じように透けてる人を探しに行こう。
うっすら透けかけてる人や、完全に透けた人、また元の肌色に戻りそうな人…そんな人たちを見つけたら、嬉しいだろうな。

そしてどこかにも、同じように透けた人を探して見つけて、同じように嬉しがる人がいるとしたら。
そんな想像をしただけで、じわじわ喜びが湧いて来る。

そう、体の奥から明るく温かいものが力強く光り出すような感覚。
日の出の感覚。




8/5/2023, 2:31:51 PM

鐘の音

母の里はお寺だった。
法事の時は電車に乗って、二人で出かけていた。
長いお経は退屈だったけど、
本堂で見慣れない物や音、いろんな気配を聴くのはすごく楽しかった。

8歳くらいの夏だったと思う。
その日はとても暑かった。
読経の間、風が通るようにと本堂の障子は開け放しにしてあった。

なので広い中庭がよく見渡せた。
端の方に井戸が見えた。その近くには小屋があった。母によると昔使っていた風呂場だそうだ。
いつも一人で行くのを禁じられていた場所だった。

気がつくと子供たちの笑う声がする。
蝉の声に混じって井戸の手押しポンプを動かす音と、パシャパシャ水が跳ねる音もする。

私は正座したまま体を傾けて、小屋の方をよーく見た。
いた!
2歳くらいの男の子と
6、7歳くらいの男の子。
そしてもう少し年上の、自分と同じ歳くらいの女の子。
三人の子供が小屋の回りで水浴びしながら大はしゃぎしている。
近所の子供たちかな。
学校のプールでもあんなに笑い転げることないな、と思いながら見ていると、
女の子がパッとこちらに顔を向けた。
そして大きく手を振ると、こっちこっちと手招きをしている。
他の2人もつられるように、私に手を振ってくれていた。
私は突然の誘いに驚くやら嬉しいやら、心臓が高鳴った感覚を今でもよく憶えている。
と…年は私と同じくらいだよね?
はだかんぼで恥ずかしくないのかな?
でも気持ちよさそう…遊びたい!
私は横にいる母をつついて、小声で
「あっちに行ってもいい?」と何度も訊ねたが、母は人差し指を唇に当てて小さく首を振るばかりだった。

そのうち坊守さんが来て障子が閉められ、子供たちの姿は見えなくなってしまった。
ただ笑い声と水の音だけは、障子越しにずっと聞こえていた。
私はせっかく誘ってもらったのに無視したみたいで、気になって仕方がなかった。
お経が終わり、お茶とお菓子を頂きながらのお坊さんの話もやっと済んだので、子供たちのところへと走って行った。

なんと、井戸には厳重に蓋がしてあり、その上には紐で括られたブロック片まで置いてあった。
小屋の中を覗くと確かに浴槽はあった。
でも洗い場には水の跡どころか、落ち葉がたまっていて、コンクリートでできた浴槽には、苔がぶ厚く生えていた。

呆然と立ち尽くしていると、母が来て「一人で来ちゃダメでしょ」と言った。
「だってここで遊んでたんだよ、みんなで…」
振り向いてそう言いかけた時、鐘撞堂から鐘の音が聞こえてきた。

その瞬間、誰にどれだけ説明しても分かってもらえないけど、とにかくあの子たちは確かにここにいたんだ、ここで遊んだことがあったんだ、ということをハッキリと理解した。

私は母に手を差し出す。母はその手を繋ぎながら「そろそろ汽車の時間ね」と言った。
私たちは帰途についた。

鐘の音は我に帰る合図。
鐘の音にまつわる記憶。

8/4/2023, 10:39:54 AM

つまらないことでも
自分の深いところで違和感があった時は
一瞬でいいから
「あ、違和感あるよね」
って自分と話すことにしてる

そのまま放っておくと
そんなに些細なことなのに
しょうもないことの筈なのに
気がつくと心や体を蝕まれてる
なんてことがある

さっき急に大雨が降ってきたので
その感じを雨の中に流した
雨はすぐに止んで
美しい夕陽が差してきたので
残ったモヤモヤを全部日干しにした

おかげで頭も体もスッキリ
軽くなって浮いてしまいそう
大きく伸びをしながら
窓の外を見たら
目の前をアオサギが飛んでった

8/3/2023, 10:29:28 AM

目が覚めるまでに

それまで普通に感じていたこと
たとえば飛び上がるような喜び
たとえば死にたくなる程の悲しみ
たとえばそれを今得たいという焦り
たとえば努力しなければという義務感

いろんな感情が一気に湧き出て
ほんとうに身体に押し寄せてきて…
そう!
まるで砂時計の砂が落ちるポイントにいるみたい
私も!俺も同じ!僕だって!
うちもそうよ〜!みぃんな一緒!
努力根性一生懸命!頑張れガンバレ!
どうせオレなんて…
あのことさえなければ…
とかなんとか本当にもう
いろんな感情が殺到して
それはまるで滝行

でも大丈夫。
これは目が覚める前の当たり前のこと
もう起きよう、目を覚まそう
って優しく声をかけてあげよう

そうして固く閉じた瞼を
固く縮こまった肉体を
眉間の皺を
握った拳を
自ら開いて
ゆっくりと伸ばして
怖がることなしに開いてみよう

そこに何が見える?



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