ドラマや映画はもちろん、学校、友人、恋愛、家庭、電車、車の運転、家事、病気でさえも、どうしても入り込んで行けなかった。
誰にも何にも馴染めない。一体感がない。
常にガラスのドームの外にいる感じ。
世界はガラス越しにある。
中ではみんな、本気で笑ったり怒ったり、悲しんだりホッとしたり。
…面白そう。
ネットで検索して、
「それは〇〇という病気に多く当てはまる症状です」
と名前をつければ少しは安心するかと思ったけど…まあそんな筈もなく。
無理に入り込もうとすればする程、事は複雑になるばかりで、世界は更に遠退いて行った。
ならばもう、こっちから馴染もうとするのはやめよう。
別にそこまで望んでるわけでもなし、
と腹を括った途端、あらゆるものがはっきり見えるようになった。
ちょうど初めてメガネを掛けた時のように、全ては細部まで明るく、立体感を持ってこちらに迫って来るようだった。
私と世界を隔てていた、あの分厚いドームはついに消えてしまった、と思えるくらい、目の前の物や事の輪郭がくっきり明確に感じる。
私は手を伸ばして近くの椅子に触れてみた。
いや、ドームは消えてなんかなかった。
相変わらず私と世界の間には隔りがある。
ただしガラスの曇りがみんな消えて、まるで隔りなんか存在しないみたいに澄んでいるのだ。
…ああそうだったのか。
したくないことをただ漠然と、しなければならない、それは皆するものだからと惰性で続けてきたこと、それがガラスを曇らせていたのね。
隔りは、ある。これは最初から決まってたことだ。
違和感は「曇ってませんか?」というお知らせランプだったんだ。
これからは隔りを感じたら、目の前にどこまでも広がっている美しいガラスの曇りを確かめよう。
8/7/2023, 2:02:33 PM