題名 キンモクセイ
フワッと香った。
その香りに振り向く。
柔らかい優しい香り。
小さなオレンジの花のその香りに
私は目をつむる。
あなたの事を思い出す。
というかあなたの事しか思い出せない。
優しさを固めたような
どんな時も傍にいて励ましてくれるあなたが
私の中にいつもいるから。
「沙耶!」
私は微笑んで振り返る。
優しいオーラをまとうあなた。
どこかキンモクセイと似たフワッとした
遠い異国を思わせるような感覚に、何故なんだろうと思う。
こんなに懐かしい気もするのに。
「待ってたよ」
デートの待ち合わせ場所のベンチから立ち上がって私はあなたに言う。
「ごめん、待たせて、電車が少し遅れちゃってて」
「だいじょーぶ、ねぇ、見て?キンモクセイ、あなたみたいだよね」
「いつもそう言ってくれるけど、そうかなー?」
あなたの懐疑的な顔を見てまたフフッと笑みがこぼれる。
そんな瞬間すら幸せなんだ。
「そーなのっ、私にとってあなたはいつでもフワッとして優しいキンモクセイなんだよ」
「君がそう言うなら」
あなたが照れたように言うから、私はあなたの手を衝動的に握る。
離したくなくて。
「?!」
突然手を握られてびっくりした表情のあなた。
「·····繋いでもいい?」
今更のように聞く私。
いいって答えが返ってくるのは分かってるのに。
「もちろんいいよ」
あなたのフワッとした笑み。
·····弱いなぁ、私はあなたには。
「行こっか?」
私は幸せを噛み締めながらあなたと歩き出す。
寒い北風が吹いているけど、私とあなたの間にある空気はいつでもオレンジ色。
いつでもあなたは私のキンモクセイだ。
いつでもあなたは私にとっての癒しなんだよ。
どうかずっと傍で優しさを感じさせていてね。
題 秘密の箱
「これなーんだ?」
彼氏が私の前で包み紙に包まれた箱を軽く揺らした。
「えっ?!プレゼント?!」
わたしは嬉しくなって声も弾む。
その淡いピンクの包み紙にレースのリボンで包まれた箱は一見プレゼントと捉えられてもおかしくないほど可愛らしかった。
でも、記念日なんてあったかな?
その後私の思考は少しそこに留まる。
「何かの記念日だったっけ?」
私がホロっと零した言葉に彼氏が不思議そうな顔で応える。
「記念日?違うけど」
「え?じゃあなに?それ」
そう言うと、彼氏は私にその包みを渡す。
「開けてみ」
二人でカフェデート中。
私はその包みを受け取ると、レースリボンを解いてかさかさと包み紙を開封した。
「あっ!」
そこには、有名なブランドの化粧水が入っていた。
「わぁ、嬉しい!私にプレゼントなの?」
私が声のトーンをワンオクターブ上げて話すと、彼氏はヒョイと私の手に持っていた化粧水を取り上げる。
「あ、何?」
「俺の」
「え?何が?」
私が聞き返すと、彼氏は念を押すように繰り返す。
「だから、俺の。この化粧水」
「はぁぁぁぁ?」
思わず大きな声を出してしまい、カフェだと気づいて自分の口を自分で塞いだ。
「男だって美容に気を使う時代だろ!レビューでいいって書いてあったんだよ」
彼氏が何故かヒソヒソ声で言う。
「何でじゃあそんなご丁寧に包まれてるのよ?!」
納得いかなくて、語気荒めに彼氏に問いただしてしまう私。
「だって恥ずかしいだろ、若い女性の店員さんに自宅用なんて」
「なにそれ、紛らわしすぎるのよ!!」
私はさっきの喜びを返せーと思いながら彼氏に抗議した。
「プレゼントだと思ったのにっ」
滅多にプレゼントとかくれない彼氏だから、凄く嬉しかったのにっ。
まさかの自分へのプレゼントなんてー。
私がいじけて下を向いてティスプーンで紅茶をかき混ぜているとトントンと肩をたたかれる。
「なに?」
トゲのある声で上を向くと、水色のレースに包まれた包み紙が目の前に差し出される。
「ちゃんと買ってあるから、美香のぶんも」
「え·····」
包み紙を開けると、可愛いボトルに入った香水が出てきた。
「·····ありがとう、うれしい」
素直にお礼を言うと、彼氏は照れているのか横を向く。
「·····ついでだよ」
そんなこと言う彼氏にふふっと笑みがこぼれる。
私は、さっきの彼氏と同じくらいの囁き声で
「好きだよ」
って言うと、彼氏に満面の笑みを向けたんだ。
大切に貰った香水を胸に抱きしめながら。
題 どこまでも
「どこまでも行っちゃおうか」
振り向いてあなたを見つめる私の瞳を見つめ返すあなた。
「⋯君が行きたいなら」
あなたはズルい。
そうして私任せで。
あなたはいつも私に選択を一任するよね。
いいの?
このまま行っちゃっても。
あなたは後悔しないの?
私を選んでしまって。
そんな思考に陥ってしまうから。
負のループに陥ってしまうから。
だからその次の言葉が告げられない。
「じゃあ行こうよ、あなたがいいなら」
って。
どんな壁があっても。
どんな困難に見える道でもさ。
あなたが一緒なら頑張れる気がするの。
だから私はあなたさえいいなら行きたいよ。
⋯⋯でもね、本当はずっとずっと待ってる。
「一緒に行こう」
その一言を。
本当にそれでいいのかわからないから。
選択しきれるほど責任を負えないと思ってしまうから。
だから私から行こうよって言えない。
行きたいのに。行きたいのに。何を投げ捨てても行きたいのに。
ダメなの。
やっぱりあなたの一緒に行きたいって言葉を、私はずっと待ち続けてしまうんだろうな。
それまでは私たちの関係は決して動かないんだろう。
いつまでも止まったまま膠着状態で。
いずれどちらかが音を上げるまで。
私たちの忍耐強い我慢比べは続いてしまうんだろう。
題 SecretLove
誰にも言えない
言う必要もない
伝えなくてもいいから
想っているだけで充分だから
なんで?なんで?
どうして?
どうして伝えられないんだろう
納得したはずなのに
たまに暴れ出す心が私の精神を乱す
好きだから
気持ちが毎日降り積って
1粒の気持ちが10粒になって
100粒になって
心に溢れたらどうしたらいいんだろう
伝えるしかないじゃない
それなのに
伝えるのは不可能なんて
そんなのないよ
でも伝えられない
伝えちゃいけないから
もう崩壊して
決壊して
あるトキ爆発してしまいそうで
こんな想いをどうしたらいいのか
誰かに教えてもらいたい
私のこの心は
秘密という拷問を受け続ける愛は
いつまで隠していなきゃいけないんだろう
あなたに伝える必要なんてない
伝えなくていい
なんて心を偽りの偽善でコーティングして
それでも本当は
いつだって
あなたに伝えたいと思ってる
あなただけに向けているこの想いを
間違っているとしても
伝えたいと思ってしまうこの心を
溢れる気持ちを
どうしたらいいんだろう
題 ここにある
ここにある、確かに
それは見えないけど私の心の中に。
どうして分かるのかって?
だって、感じるから。あなたを見ると感じるトキメキがあるからだよ。
誰にも否定できない。
それでも私にしか見えない。
そんな私だけのトキメキを心の中に感じてしまうからなんだ。
「ん?」
あなたは私をみて疑問形の問いかけをする。
「ううん」
私はなんでもない風を装って首を左右に振る。
あなたと教室の放課後。
テスト勉強の約束をしていたから、教室に向かい合って勉強してた。
あなたが、
「そっか」
と言って、またノートに視線を落とすのをボーッと見つめる私。
何も出来ない。
何も言えない。
ただこうして友達としての距離を保っていることしか。
あなたの姿を見られるだけで、声を聞けるだけで充分ラッキーだと思えるのに、それ以上を求めてしまう気持ちは何なんだろう。
今のままでもわたしは幸せなんだよ。
あなたと2人で勉強出来るなんて。神様からご褒美を貰えた気持ちにすらなるもの。
「またぼーっとしてる」
私へと視線を上げて、あなたは少しとがめるような口調で言う。
「えっ、ごめん、難しい問題だったから考え込んじゃった」
私はとっさにそんなことを言う。
⋯⋯でもそれも本当だ。
勉強の問題集はさっきから全然進んでない。
解き方も難しすぎて分からないでいる。
「どこ?見せて」
あなたが身を乗り出してくる。
ドキッ
フワッとシトラスの香りが鼻をくすぐって⋯⋯。
私は反射的に顔を下げた。
「あ、こことこことここと⋯」
「全部じゃない?ほぼ⋯」
あなたの呆れたような声。
だって⋯。
「分からなかったんだもん。数学苦手だし」
⋯⋯あと、あなたに見とれてたんだけど、それは内緒。
「じゃあ教えるから、聞いててね」
そうあなたは言うと、問題の解説を丁寧にしてくれる。
そんなことも好きなんだ。
自分のことだけじゃなくて、私の事もいつも気にかけてくれる。
あなたへの気持ち。
見えない気持ち。
でもね。
虹色みたいな、パールみたいな、オーロラみたいな、それでいて透明みたいな、自然の大気のように澄み渡っているみたいな。
⋯海の中みたいな。たゆたうみたいな。
見えないもの。
そう、全部見えないけどキラキラしてて。
希望に満ちていて。
どこか少しだけほの暗い。
そんな気持ちなんだ。
確かにここにあるよ。
確かにここにあると確信しているから。
だから私は今日もあなたを想う。
あなたへの想いはいつまでも続いていくと確信させられてしまうんだ。