題 隠された手紙
私の事なんてほっといて
私はそう言って家から逃亡した。
もう嫌だった何もかも。人生も。
だれも助けてくれない。
いつも私ばっかり辛い目にあう。
みんなと一緒にしてるつもりなのに、普通にしてるつもりなのに、弾かれる。
どうして?
どうして?
どうしてよ⋯。
ねえ、教えて。
私のどこがいけないの?
私の何が気に入らないの?
何で私だけ無視するの?
みんなは仲良いの?
私は1人なの?
いつもいつも1人なの?
みんなには私が見えてないの?
みじめだ⋯。
価値がないと思う。
だって1人なんだもん。
誰にも気にかけて貰えてない。
みんなは笑顔で話してるのに。
落ち込んだら優しく気遣ってもらえるのに。
喧嘩したら仲裁してもらえるのに。
私に何かが足りないばかりに、1人きりだ。
話すの好きなのに、最初は仲良くしてくれるのに、だんだん離れていくの。
私には原因は分からない。
でも、辛いことは分かる。
また1人になったんだって感覚はわかる。
「ここにいたのか、ミホ」
そんな声がして振り返ると兄が立ってた。
私が隠した置き手紙を手に持って。
「兄さん、よく見つけたね、その手紙」
私がそう口を開くと、兄は苦笑しながら言った。
「なんで家出するのに置き手紙隠すんだよ。でも、ミホはさ大事なもの隠す場所はソファーの上に置いてあるクッションの間って決まってるから、すぐ分かったよ」
「そっか⋯」
私のテンションは低く、そこで言葉も途切れる。
「家が嫌なのか?」
家の近くの公園で佇んでどうしようか悩んでいた私の隣までやってくると、兄は私の顔を覗き込んだ。
「学校が嫌なの。家に帰ったら学校に行かなきゃ行けないもん。誰も口きいてくれないの。帰りまで私1人でただ座っているだけなんだよ」
「なるほどね」
兄は隣で静かに相槌を打った。
「辛かったんだな」
ポツリと放たれた言葉に涙が溢れた。
「うん」
ゆっくり頷く私の方を見て、兄が言う。
「それじゃあ学校なんて行かなくていいんじゃないか?そんなに辛いならさ」
そう続ける兄に私は抗議する。
「そんな訳に行かないよ。だって欠席多かったら進学にも響くし、お母さん達に迷惑かけるし、私だって変に思われるし⋯」
そういう私を兄は視線を外さずに続ける。
「それで、お前は平気なの?辛いままで、耐えられるのか?」
私の涙が再び溢れてくる。
そんな姿を見ていた兄が再び言葉を放った。
「ミホが辛いことはやらなくてもいいんじゃないか?そんなに泣くほど辛いこと、無理にする必要ないだろ?」
泣くほど辛いこと。
確かに、私は今凄く辛くて辛くてどうしようも無い。
でも、頑張らなきゃ、でも行かなきゃって思うけど正直エネルギーが無さすぎて、朝は無気力だ。
「大丈夫、俺からも両親に話すよ。みんなで話して解決策を探そう。みんなミホが辛い気持ちになる事なんて望んでないんだから」
優しい声で言ってくれる兄の言葉に涙腺が緩む。
いつもは割とドライな兄だけど、今は優しくて、それが余計に胸に響く。
私はひとりじゃなかったのかもしれない。
ずっと無視されて、みんなに、世界に見捨てられたと思っていたけど。
こんなに親身になってくれる人がいるじゃないか。
学校にいなくても、こうして、身近で私の事を思って心からの言葉をくれる人がいるじゃないか。
私の価値は学校でいる私だけじゃない。
他の場所でも価値はできるんだ。
だから、学校だけの私で全てを判断なんてしなくていいんだ。
そこでどう扱われていようが、私の価値なんて決まらないんだ。
むしろ私が決めていいんだ。
ふと、そう啓示のように閃いた。
そうしたら、心がブワッっと軽くなった。
学校でいる私が全てで。
友人が居ない、孤独な私はダメ人間で。
評価もなにもされないバカにされるべき人間って思ってたけど。
どうしてそんなこと思っていたんだろう。
私は私の価値を決めていい。
兄は私の価値を見出してくれてて、私の両親だってそうだ。
だから、私は家族の評価を取る。
学校での評価を取らない。
どんな扱いを受けても、私の価値は揺らぐことはない。
私は価値がある人間なんだ。
そう思ったら心が文字通り水でざばぁっと洗われたようだった。
「兄さん、私ね⋯」
一緒に家に帰る途中だった。
兄に声をかける。
「私、もう少し頑張ってみる。本当に無理だったら言うから、もう少しだけ頑張らせて」
この私のままで学校へ行っても、やっぱり周りの環境でダメ人間だって思うのだろうか。
どうなんだろう、分からない。
それでもこの新たな気持ちで学校へ行くことを試してみたかった。
無理だったら他の考えを試してみればいい。
私の表情を見て、物問いたげな表情をしていた兄が頷く。
「そっか、お前がそう決めたならそうするといいよ」
兄の優しさも垣間見れた。
この家出は、無意味なんかじゃなかった。
私は言わずにはいられなかった。
「兄さん、ありがとう」
私の言葉に兄は微かに口角を上げた。
「何だよ、いきなり」
「言いたくなったの。これからも辛い時は味方になってね」
私の言葉に兄は頷いた。
「おう!」
その言葉が心強い。
私はそのまま弾む心と足取りで家まで軽やかに兄と帰ったのだった。
題 旅の途中
私はまだ旅の途中だ。
何も成してない。名前も知られてない。
ただの一般人だ。
いるだけで人気者の人とかいる。
みんなに好かれる人もいる。
私はそうじゃない。
1人でただここにいるだけ。
何かを成したいと思っているだけの一般市民だ。
他の人からは区別も何もつかないと言われるだろう。
今私が何をしてても、誰にも届いていないのだから。
私の作品はまだ手元に、それでも毎日毎日織り成されていく。
そして構成されて練り込まれている。
これを発表して、応募して、誰かの目に止まるのかは分からない。
だけど、今の時代、ネットで拡散する事だって出来る。
誰か一人の心に留まって、思い出して貰える作品になるかもしれない。
私が今思い出している作品のように。
どこか気に止めてくれる人がいるかもしれない。
だから、今は何も成してなくても、平凡でも構わない。
ひたすら、私の出来ることをするんだ。
完成させる為に。
私の心全てを表現した作品を、1人でも多くの人に届けるために。
私は今日も自分の文章と真正面から向き合っている。
題 まだ知らない君
知らなかった、君が悩んでること。
いつも笑顔だから分かりようがなかった。
いつも人のことを優先して考えているから、その心の奥底までは見てなかった。
いつも控え目で意見を言わないから、優しいから、君といると心地いいから、明るいから、癒しだから、君が悩んでるなんて知らなかった。
…少し考えれば分かるのに。
君が人を優先してる分、君は君を優先してないんだ。
人の苦しみや痛みや悲しみを受け取る分、君はいつも傷ついている。
体は傷ついていないとしてもね。
君が意見を言わない分、笑顔で飲み込んでる分、みんなの空気は悪くならないけど、きみの体の中の空気は淀んでるよね。
君だって言いたいことがあって、やりたいことがあって、通したいことがあるはずだ。
だけど、君は自分の中に淀んだ空気を循環させてしまう。
皆には綺麗な空気を提供して。
君はそのままで素晴らしいのに、君の意見存在そのものが本当に価値があるのに、君はそのことに気づかずに、皆のことを気にしてしまうんだね。
優しい君。
優しすぎるからその淀みにやられてしまうのかもしれない。
それに気づいた時はもう限界を迎えているのかも知らない。
僕はどんな君でも大好きだよ。
ワガママ言っても、こうしたいって言っても、こうしたくないって言っても、泣き叫んでも、拒否しても、否定しても、笑顔でいても、嫌味言ってても、馬鹿笑いしてても
どんな君でも大好きだよ。
君の価値は1ミリも揺るがない。未来永劫。
だから、そのままでいて。
やりたくない事だって言って、我慢しないで。
もし誰かが君を否定しても、僕は肯定する。
何度でも何度でも肯定する。
君がもう肯定しないでいいってば、って言いたくなるまで、しつこく肯定する。
どうして?
だって君が大切だから。
君の心の健康が僕には1番大切だから。
君が心から笑顔でいることが、僕には1番大切だから。
偽りの笑顔じゃなくてね。
僕の言葉が君に少しだけでも届いたら嬉しい。
僕の気持ちが誰かの心に欠片でも届いたら本当に嬉しいな。
ここに君を思う僕がいること、忘れないでね。
題 日陰
日陰だ。私はいつもひかげだ。
誰にも気づいて貰えない。
通り過ぎられる。選ばれない。
教室のすみで静かに時が過ぎるのを待つだけだ。
そんな人生望んでなかった。
望んでる人なんていないと思う。
私だってそうだ。
なんでそれなのに、こんな人生なんだろうって思うんだ。
私はずっと続けてるものがある。
それはピアノだ。
唯一ピアノを弾く時だけは心が落ち着く。
そんなに才能が溢れてるわけじゃない。
コンクールでも、最高で健闘賞だ。
銅賞も取れたことがない。
それでも好きなんだ。
指を走らせると響いてくる音色が、私の耳に軽やかに夢やかに届く。
音符が弾んで楽しく踊ってるみたいに感じる。
時に泣いているように、時に怒っているように。
そんな風に様々な感情を感じる。
私の指がそれらを作り出しているんだ。
創造神の気分。
そうしていると少しだけ心が落ち着くんだ。
教室では無価値かもしれないけど
誰にも必要とされてないかもしれないけど
私だって出来ることがある。
それで自分の心を癒すことが出来る。
それにね、先生は褒めてくれる。
いつも私の音が生きてるみたいですてきだって言ってくれる。
たまに一緒にピアノを弾いてくれるけど、そうするとリズムもメロディもどこまでもどこまでも広がって、私は創造の海にひたることが出来る。
無価値とは無縁のところにいるんだ。
そして、家に帰って、あったかい両親と楽しく会話する。
そうだね、また次の日の朝激しく憂鬱だけどね。
でも、私の世界は閉ざされてないと思うの。
何もかも無いわけじゃないと思うの。
世界はひとつじゃないと思うの。
教室の中だけのことを考えると絶望だけど。
私には音楽の世界がある。
イラストや、ゲームや、歌や、他の趣味の世界の人もいるだろう。
そして時間は動く。
永遠にそこにとどまる必要はない。
自分で動く選択をしたっていい。
だから、いつだって私には無限の場所が開けていると思ったの。
ひとつの場所のひとつの価値が私の全てじゃないって思ったの。
だから教室にいる私を全てだと思って落ち込まないようにしたいなって、思ったんだ。
そう転換するとフシギだね、ちょっと心が軽くなったんだよ。
題 帽子かぶって
帽子を目深に被って。
誰にも見られたくない。
だってさ、私みたいな醜い人間、見たらみんな嫌な気持ちになるでしょ?
暗いし、話せないし、友達いないし、いつも考え込んで何も結局行動できないし、嫌いなんだ、自分なんて。
何度も否定してしまう。
そうして自分の顔を隠して、みんなから隠れて、少し安心する。
人と関わるとどう思われてるかいつも気にかけなきゃいけないんだもん。
1人でいれば、誰とも関わらなければ悩むことはないでしょ?
…でもさ、寂しさもあるんだよね。
それがもどかしい。
寂しさって人と関わりたいってことだから。
1人でいる事が嫌だってことだから。
人と関わると落ち込むって分かってるのに、そのままにはさせてくれないんだ、心のどこかが。
だから希望を持ってしまう。
いいのかな?希望を持って。
誰とも関わらないのは確かに楽なんだけど、なにも無いことは一種の幸せなことでもあるんだけど、求めてる心の奥の寂しさが浮き彫りになるんだ。
いつも一緒にいてくれなくてもいい。
少しでも優しい言葉を交わせればいい。
自分って存在を気にかけてくれればいい。
そんな気持ちが湧き上がってくるんだ。
私は帽子を少しだけ浅く被り直す。
そして、世界を見てみるんだ。
怖いけど、怖くてたまらないけど、私の求めている心の寂しさを埋めてくれる世界。
帽子はもしかして私の心の壁だったのかもしれない。
浅く被り直した事で、少しでも壁が崩れているといいなと思いながら、私はこわごわと1歩を踏み出したんだ。