題 欲望
「何で何で何で!!」
私は冷や汗を垂らしながら学校の成績順位表を見ていた。
1位だった私の名前があるはずの場所には他の人の名前が表示されていた。
あんなに頑張ったのに、何で負けるの?!
出来うる限りの時間を勉強にさいたから、負けるはずなんてないのに・・・。
「あ、高坂、1位じゃ〜ん!やったな」
横で脳天気な声が聞こえる。
私が横をバッと見ると、そこには同じクラスの高坂と山本が立ってた。
サッと再び成績表に目を戻すと、1位の名前を確認する。
さっきは自分の名前じゃないって事だけしか頭になかったけど、そこには高坂光希って書いてあった。
「1位なんだ。別に順位はどうでもいいよ。自己ベスト更新出来れば」
「は?本気で言ってるの?」
私は高坂の言葉に思わず口を挟んでしまう。
「あれ?戸川さん?いつも1位だよね、凄いよね」
高坂は私を見てそういう。高坂は、私のこと知ってるんだ。意外。私は私の順位しか気にしたことなかったから・・・じゃなくて。
「私、今回は1位じゃないけど。嫌味?1位に執着ないなら返してよっ、1位の座」
私は高坂にムキになって言っていた。
自分でも何でこんな感情的になっているのか分からない。
「たまたまだよ。誰だって調子いい時と悪い時あるでしょ。戸川さん、いつも1位取ってるから、次はきっと取れるんじゃないかな」
慰められると余計にイライラしてしまう。
そのまま無言で私はクラスに帰る。
何が悪かったんだろう。席に戻るとテストを見返す。
ケアレスミスが何問かあるのを発見した。
どうして、どうして出来なかったの?!
自分を責める。
家に帰るのが憂鬱だ。
どうして出来なかったの?ケアレスミスなんかして。これがなければ100点だったでしょ!!
母親の怒鳴り声が予想できた。
2番なんて、言いたくない。唇を噛みしめる。
放課後、ホームルームが終わっても、私は帰りたくなくて、自分の机でうだうだと宿題をしていた。
はぁぁ。5分おきにため息が出る。
「どうしたの?ため息なんかついて」
後ろから声がして振り返ると、無人だと思っていた教室に、体操着姿の高坂がいた。
「別に、次のテストこそは1位を取るために宿題してるの」
「そっか、本当に勉強熱心なんだね、偉いな」
そう言いながら、高坂は、自分のカバンからタオルを取りだす。
「高坂って、部活やってるの?」
タオルで汗を拭く高坂に質問してみる。
「やってるよ。バスケ部」
「他のことしてても1位取れるの?全て犠牲にしてる私が馬鹿みたい」
私は思わずそう言っていた。
高坂が私の机に歩いてくる。
「1位が取れても、他の楽しいことを犠牲にするのは辛くないの?」
「・・・・」
辛くない・・・って言いたかった。でも、母親に友達と遊ぶのもダメって言われて、部活も禁止されて、1位しか私の頭の中になかった。1位を取りたい。
そんな欲望に呑み込まれてしまうような・・・。
私が、沈黙すると、高坂は言った。
「さっきも言ったけど、たまたまだよ。今回は勉強した所が良く出てたから。次はきっと戸川さんが1位を取るよ。だけど、少しでいいから楽しいことしたほうが勉強もはかどると思うけどな」
「少し・・・ね。ほんの1ミリ位しか出来ないと思う。とりあえず、今日はお母さんに怒られるの決定だし」
私がそう言うと、高坂は、カバンを探って何かを持って私の所へ来た。
「手を出して」
「え?」
高坂の言葉に手を出すと、高坂は紙に包まれたキャンディを私の手に落とす。
「これで、元気だして」
「えっ、キャンディ?・・・ありがと」
「1ミリ位は元気出たかな?」
高坂が何だか気遣わしげな顔でこちらを見ているのが嬉しかった。私を心配してくれる人がいることが嬉しい。
「そうだね、出たと思う」
そう言うと私は宿題を片付けてカバンを持つと、椅子から立ち上がる。
「帰るよ・・・ありがとね」
私が、そう言うと高坂は頷いた。
「どういたしまして、じゃあ僕は部活に戻るから」
高坂と別れて校門を出ると、私はさっきもらったキャンディを出す。
お菓子を持ってくるのは校則違反だけど、お母さんはお菓子は虫歯になるからダメって言うけど、なんかどうでもいいや、と思った。
包みを開けると、綺麗な淡いピンクのキャンディを口に放り込む。
その甘い味は、私に不思議と勇気を与えてくれた気がした。
題 電車に乗って
ガタンゴトン
何だか特別な感じ
お母さんとお父さんと妹と
今日は外食の日
めったにないことで、嬉しくて
私は気分が高揚する
夜の電車から見える優しいオレンジの明かり
みんな家で晩御飯食べたりしてるのかな
私は妹とそんなことを話しながら
昼とは違う夜の空気を眺めている
レストランに着いても
夢見心地は解けない
どこか非現実な気持ちで行き交う人を見ている
夜のお出かけ
パイに包まれたスープも、ジュウジュウいうステーキも何もかも夢のようだ
胸の中でピンピンと幸福たちが跳ねているような感覚
「嬉しそうだね」
お母さんにそう言われる
「うん、楽しいよ」
私は笑顔で返した。まだこの特別な夜が続くことを知っている。
また帰りの電車で夜の時間帯にしか流れない空気感を味わえるから。
つかの間のような、夢のように時間の流れが曖昧なような
そんな時間の感覚に今日は浸っていたいな。
私は静かに夜の空気を吸い込んだ。
題 遠くの街へ
「先輩、こんにちは」
私は、屋上に続くドアを開けると、先輩にいつものように挨拶する。
「ああ、来たか」
屋上で寝っ転がっていた先輩は、私に気づくと起き上がって綺麗な金髪を揺らして私に笑いかける。
ある日学校で居場所をなくして屋上に逃避していた私は、屋上でサボっている金髪の3年の男の先輩と遭遇してしまった。
私がいつも屋上で空想していたことを聞いても、先輩は、笑わずに聞いてくれて、また聞きたいって言ってくれた。
だから、私はこうして昼休みになると、屋上で先輩と会って話すようになっていたんだ。
「先輩、今日はどんな空想がいいですか?」
「俺に聞かれてもなー。お前のほうが考えるの得意だろ」
先輩の横に座って聞くと、先輩は困ったように頭をかいた。
「先輩って、私の空想に乗ってくれる時、凄く面白い事言ってくれるので、今日は考えてくれませんか?」
私が、先輩になおもお願いすると、先輩はしばらく考えると私を見る。
「じゃあ、動物になるのはどうだ?」
「いいですね!先輩は何になりたいですか?私はそうですねー。鳥がいいです!」
「そっか、鳥なら、遠くまで行けるよな。俺も鳥になろうかな。そしたら、一緒に行けるな」
先輩は優しい笑顔を見せる。
「そうですね」
私も思わず笑顔になる。
「遠くに行くなら鳥ですよね!白鳥とかなら遠くまでいけるかも。この学校からどこへ行きましょうか?北、南?」
「北もいいけど、暖かい南もいいかもなー」
先輩は空を見上げながら言う。
今日はお日様の日差しが出ているものの、まだまだ寒い。
私と先輩は、多分同じだ。
教室にいたくないから、寒くてもここをあえて選んでる。
「賛成です!あの、私南のフルーツとかあまり食べたことなくて。いろんなフルーツを食べに行きたいんですよね」
「それいいな、俺も南のフルーツといえばバナナ位しか食べたことないな」
と先輩。
「えー、先輩、マンゴーとかは食べたことあるんじゃないですか?後はドラゴンフルーツとか、スターフルーツとか、いろいろありますよね」
私が、先輩に問いかけると、先輩は、手を叩いて言う。
「そうか、マンゴーは食べたこと・・・いや、ガムとかそーいうのではあるけど、実際に食べたことないぞ。他にもいろいろあるんだな、南のフルーツ、調べてみる?
」
そこで、先輩は携帯電話を取り出すと、ネットで南のフルーツの情報を調べだした。
携帯電話は本当は持ち込み禁止だけど、先輩授業出てるのか分からないし、多分没収されることもないのかな、と思った。
私は、先輩のスマホの画面を覗き込む。
「ちゃんも特徴覚えないと間違って毒のあるのを食べちゃいますよね」
「だろ?マンゴーはちゃんと覚えて食べたいよな」
「マンゴーなら私食べたことあるから匂いでバッチリわかりますよ!」
そんな感じでワイワイ2人で南の国へと鳥で飛び立つ空想をひとしきり楽しむ。
そうしていると、昼休み終了のチャイムが鳴った。
「早いよな、昼休みって」
先輩は、チャイムがなると不満そうな顔で携帯をしまった。
「そうですね、もっと話したかったです・・・」
私が、しょんぼりと言うと、先輩は、私の肩をポンと叩く。
「今日、放課後ヒマ?部活は?」
「部活、帰宅部です、放課後・・・会います?」
私は先輩の言葉にドキドキしながら問い返す。
新しい冒険が始まるような、そんな感じ。
「空想でも実現できる部分はあるぞ」
そう言う先輩。首を傾げる私に笑いかける。
「マンゴーパフェとか、南国のフルーツのスイーツ出してる店、知ってる。俺だけで入ろうと思った事ないけど」
「えっ、凄い名案です!行きたいです」
先輩の提案に目を輝かす私。
先輩は私の目の輝きにフッと軽く笑った。
「お前ならそう言うと思った。じゃあ放課後行くか」
そう言って、私の頭に手を置く。
「はい」
何だろ・・・何だかくすぐったいような暖かい気持ちが沸いてくる。
私と先輩は、その日空想の世界から飛び出して現実の街へと冒険する約束を交わした。
ここにいれば大丈夫
私は屋上の貯水槽の影に座り込んでいた。
学校に居場所がない。
だから、ここでいれば、誰にも見つからない。
そうしたら、ここで空想をするんだ。
空にこのまま浮かんで、海外の好きな国へ観光したり、海の水を自由きままに操って、雪や雨を降らせたり。
そんなことを屋上で夢想する。
「何してんだ?」
「ひっ!」
思わず悲鳴が出る。
私が、座って空想していると、上から声がした。
天使?
こわごわ見ると、屋上にある貯水槽の横の何かの建物の上に横になっている3年の先輩を見つける。
上履きの色で分かる。
結構高いのに、どうやって登ったんだろう?
髪とか染めてて、明らかに校則違反だ。
「ご、ごめんなさい!!」
怖くて反射的に謝る。と、同時に、ここは私の逃げ場だったのに、もう来られないなという残念な気持ちになる。
「謝んなくていいって、何してんの?こんなとこで」
先輩は、一瞬起き上がると、そう言ってまた横になる。
「えーと、教室に居場所がなくて、お昼休憩とかここに来てるんです」
私は仕方なく打ち明ける。
だって、ここを去っても行く場所がない。
「ふーん、俺もここに良く来るけど、会わなかったな」
「ここ、本当は立ち入り禁止なんですよ」
私はもしかしてそう言えば来ないかな、と淡い期待を込めて、先輩のいる方向へと話す。
「じゃあ、邪魔されなくていいな。お前、教室居づらいの?」
先輩に微妙に話を変えられてしまった。これじゃあ追い払えそうにない。
「はい。人と話すの苦手で。未だに教室にいても友達いなくて1人だから、恥ずかしくてここに逃避してきてます」
「そうなんだ、じゃあお互い口外無しってことで」
「あ、はい・・・」
先輩そう言われ、私はまた、貯水槽の横に座り直す。
人がいると思うと、想像を自由に楽しめないな・・・。
気が散るというか、軽いストレスというか・・・。
「ここで何してるの?いつも」
ひょいっと先輩が不意に起き上がると私に問いかける。
それにしても綺麗な金髪だなぁ。
私はここまで潔いのも凄いなと思いながら先輩を見る。
「ええと、空想、とかです」
笑われるって思ったけど、もしかして、引かれてもう来なくなる可能性にかけてみた。
「空想ね、へーどんなの?」
意外にも先輩は笑わなかった。
私はこの屋上から鳥になって飛び立つとか、星になって世界を眺めるとかそんな夢物語のような話をした。
先輩は黙って私の話を聞いてくれてた。
そして、私の話が終わると、私の顔を初めて見た。
「面白いこと考えるんだな。俺には考えつかない。お前、発想力すごいな。俺もたまに考えるよ。屋上から落ちたら全て終わりに出来るんじゃないかって」
私は先輩の言葉にサァァっと青くなる。
「だ、駄目ですよ!自殺なんてっ!」
先輩は、私を見てクッと笑う。
「しないよ。お前と同じ空想だよ」
私は先輩を見て首を傾げた。先輩はずいぶん絶望的な空想をするんだな、と思った。
「えっと・・・」
何だか放っておけない気がした。
私は先輩を見て言う。
「先輩は、世界旅行ならどこへ行きたいですか?」
「旅行?あー、オーロラ見たいな」
「いいですね!じゃあ、オーロラ見に北極に行きましょう!空想ですけど・・・。氷の家を作って、かき氷シロップ持っていきましょうか?」
私が、そう提案すると、先輩は考えた。
「コートとカイロもいるんじゃないか?」
「そうですね!あ、カメラもいりますよ。ペンギンとかオーロラ、記念に撮りたいですよね」
「荷物が凄いことになりそうだな」
私と先輩は、空想でオーロラを見に行くツアーを体験した。
意外なことに、先輩と空想の話をするのは、とても楽しかった。
クラスメートには馬鹿にされたり、あしらわれたりで、馴染めなかったから。
ひとしきり夢中になって話すと、授業の合図のチャイムが鳴る。
私は名残惜しいと感じながら立ち上がった。
「先輩、お話に付き合ってもらってありがとうございました、授業があるので行きますね!」
すると、先輩は、上からヒョイッと軽やかに降りてきた。
私がびっくりしていると、先輩は、私に焦ったように話しかけてくる。
「次、いつここに来る?」
「え?えーと、昼休憩は大抵ここにいますけど」
私が、答えると、先輩は、頷いて言う。
「また、空想の話、聞かせてくれないか?俺の空想は暗すぎて憂鬱になるから」
そう言われて私は凄く嬉しいと感じている自分に気づいた。
「はい!いいですよ、私も話すの楽しかったです」
思わず笑顔になる。
「そうか、良かった」
先輩が笑う。何だか笑顔が眩しい。
「じゃあ、また明日来ますね」
私は少し照れながら挨拶をした。
「ああ、また」
先輩にお辞儀をして、屋上のドアを閉める。
屋上にいく楽しみがより増した気がする。
学校でこんなにワクワクするなんて、いつぶりだろう。
私は早く明日にならないかな、と考えたこともない思考を頭に思い浮かべながら午後の授業へと向かった。
何してる?
会いたいな、君に。
私は勉強してるよ。
期末テストが明日だから。きっと君も勉強してるかな?
君のこと時々思い出しながら期末の範囲を必死に頭に詰め込んでる。
単語を詰め込んで詰め込んで頭がおかしくなりそう。
そうして少し辛くなったら、君と会っていたときのことを思い出すんだ。
硬直して固くなった心が少し溶けるような、柔らかい優しい感覚になる。
そうしたら君に会いたくて
何してるのか気になって
勉強の続きをしたいからそれどころじゃないのに
理性で制しても感情が言うことを聞かない。
何してるのかな、私のこと、考えてくれてるのかな。
思わず携帯を持ち上げると、ブブッと携帯がメールの着信を告げた。
「先輩、今勉強中ですか?僕は期末テストの勉強しています。少しだけ先輩の声を聞きたくて・・・電話してもいいですか?」
私は即座に電話ロックを解除して、彼に電話をかける。
「先輩、ごめんなさい、試験勉強なのに」
「ううん、いいよ。私も君と話したかったから」
萎縮する彼氏に私は優しく返事する。
「電話してくれてありがとう。何でかな。会えないとすぐ君に会いたくなる。だけどもう、声聞けたからがんばれる気がするよ」
「先輩・・・僕も先輩の声聞けて、元気が出ました。あと少し、頑張りましょうね。明日は一緒に帰りましょう」
帰りの約束を提案されて嬉しくなって口角が上がる。
「うん、一緒に帰ろう。じゃあ、まだ勉強残ってるからまた明日ね」
私はまだ山積みの問題集を見て、そう言った。でも、本当はずっと話していたい・・・。
「分かりました、応援してますね。おやすみなさい。好きです、先輩」
不意に好きと言われて、ドクッと、鼓動が跳ねる。
「わ、わたし・・・も・・・」
挙動不審に返答すると、彼がクスッと笑った。
「じゃあ、おやすみなさい、先輩」
「おやすみなさい」
電話が終わってから、彼との会話を反芻する私。
よーし、エネルギーも補充されたし、また、頑張ろう。
私は山積みの問題集の山から一冊本を取り出すと、気合を入れるためにコーヒーを一口飲んでから、再び問題を解き始めたのだった。