かつて、私は落ちこぼれだった。
生まれながらに身体は弱く、
武の才覚は全くと言って良い程に無かった。
此の家の嫡流にして長子でありながら、嫡子の候補では無かった。
日々、弟たちや妹たちは修練を積むことが出来る身体が羨ましく、
日々、武術が上達するさまを見ては、兄として、長子として、
その役目を目に見えて担えていない事に、自分の存在意義を問うていた。
そんな時期もあった。
しかし、先の事とは分らぬもので、皆の推薦で私は此の家の当主と成った。
あまり前例の無い、非常に稀有なことであった。
先代と弟たち妹たちが盤上一致で、私を当主へ推薦してくれた事に、
私は涙が溢れた。
これまで、私に出来ることを少しずつ努めてきた。
『出来ぬからと、為せぬからと、負い目を覚えることは無い。
今、出来ることを少しずつ努めれば良い。』
両親から贈られた、私の礎となった大切な言葉。
だから、私は落ちこぼれであったが、落ちぶれることは居なかった。
今日まで支えてくれた、両親・弟たち・妹たち、
その姿をずっと見守ってくれていた、親しき人々には感謝しかない。
本当にありがとう。
これからは此の家の当主として、私に出来る役目を果たして行きます。
『意味がない』とは、何と定義すれば良いのだろうか。
私は、未だに『意味がない』という意味を理解出来ない。
何故、そのような境地に至るのかも解らない。
私は、何事にも『意味がない』などということは全く無いように思う。
『意味がない』、その言葉を何故発することが出来るのだろう。
私の生涯に置いて、『意味が無い』などという言葉は、
挑戦する者を見下し嘲笑するための虚構に過ぎないように、私は思う。
挑戦しないからといって、悪では無い。
寧ろ、保守的な現実主義は世界の秩序を守り、
平和を保つためには、必要不可欠だと思う。
しかし、だからと云って挑戦する者を見下し嘲笑するのは、
違うように思えた。
纏めると、思考が偏るのは前提として、公平に扱い、尊重し合い、
互いに意識し、共存することを認め合うことが大切だと、私は思った。
「父上、何故ですか。何故、シモンを……。
私から、何故……シモンを奪ったのですか。」
まだ、うら若き青年は感情の波を抑えながら、父に必死に抗議する。
父と呼ばれた、厳格な雰囲気を纏う男性は鋭い眼差しを青年に向ける。
「解らないか。」
突き離したように、冷たく男性は問う。
「理解出来ません。」
青年は、はっきりと鋭い眼差しで父に屈せぬよう宣言する。
「そうか、ならば…考えてみよ。
何れ、其の問の解が解るようになる日まで。」
冷静に簡潔に確実に、男性は父としての役目を果たす。
「どういうことですか。」
青年は、冷静になるよう己に言い聞かせながら、必死に訴える。
「連れて行け。」
男性は、側近に命じた。
「承知しました。」
側近は、従順に命を遂行する。
「何故ですか。父上!」
青年は納得出来ず、必死に抵抗する。
「もう、お前に言う事は無い。」
男性は、青年に冷たく言い放つ。
野生の獣のような眼差しを青年は、父に向ける。
男性は鼻で笑い、青年を書斎から退室させた。
「雨だ。」
私は思わず、そう呟いた。
朝の天気予報では、『今日は、一日中快晴です。』
と、予報士さんは言っていたように思う。
あの予報士さんは、今まで見てきた中では天気予報を外すことが無かった。
しかし、今日は外れたらしい。
なんだか、今日…このような瞬間に立ち会えて光栄思えた。
恥ずかしながら、この度外れて、初めてあの予報士さんの有難みを知った。
「ありがとう。いつも私のあたり前を支えてくれて。」
何となく呟いてみた、日々の感謝を込めた言葉を。
こんな感じに自分が感じていないだけで、
日々の自分のあたり前を支えてくれている、
数え切れない人々が居るのだな。
今、初めて気付いたよ。
見知らぬ人々、顔見知りの人々、親しき人々、いつもありがとう。
「将来、わたしと結婚して。」
私が齢十八の成人して間もない時、まだ齢八の少女にプロポーズされた。
「えっ……。」
ここで気の利いた言葉を返せたのなら、
格好が付いたのだが、何せ、今生には全く縁のなかったことだったので、
私は驚いて、頭が真っ白となり固まった。
「あら、もしかして、ガールフレンドがいるの?」
彼女の大人びた回答に、周囲の大人たちは笑う。
前者は、腹を抱えて大笑いして彼女を称える者。
後者は、彼女のプロポーズを受けるべきだと賛成の意を示す者。
私の父は、彼女に問うた。
「なぜ、息子が良いと思った?」
彼女は、答えた。
「直感です。
この人と結婚すれば、わたしは幸せになれる。そう直感しました。」
父は、満足そうに答えた。
「君は、見る目があるね。これは、将来が楽しみだ。」
そして、彼女の頭を撫でた。
それが彼女、私の妻となる人との出会いだった。