かつて、天動説が正しいとされていた時代があった。
天体によっては日々位置が異なり、太陽は東から昇り西へ沈む。
それなら、私のような無学の者は勿論、日々天体を観測する学者でさえ、
天動説が正しいと思うに違いない。
しかし、天動説に異を唱え、地動説を唱えた者が僅かに存在した。
当時は、望遠鏡の精度が悪いなどの天体の観測技術が乏しかったこと、
古代とは異なり、中世は宗教色の濃い時代であったこと、
(決して、宗教色が濃いからといって、その時代が悪いのでは無い。
古代と比べて衰退した学問は在るが、
芸術面では著しい進歩を遂げたという良い面も在る。)
天体観測が行われていた、おもな地域で信奉されていた一神教において、
人間が存在する地球が特別視されていたこと。
万学の礎を築いた、アリストテレスが天動説を唱えたことなどが重なり、
地動説を唱えた学者たちは、宗教的、政治的理由によって、
多くの場合、異端とされ、拷問され、処刑された。
しかし、地動説の研究は続けられ、
現在では、天体観測技術の進歩などにより、地動説が正しいと証明された。
何が言いたいかというと、
現在において、正しいとされていることを無理に信じたり、
無理に受け入れたり、しなくとも良いのだ。
現在はインターネットの普及とともに、
匿名で自在に情報の発信、共有が可能となった。
それは、組織や国などに囚われない、
情報操作のされていない、現実や事実、真実を気軽に知ることが出来る。
それは、素晴らしいことだと思う。
しかし、個人のより偏った視野、より偏った思考などが
実際より誇張して現れているようにも思う。
だから、無理するな。
年月は過ぎれば一瞬だが、人生は果てしなく長い。
自分の声という心地良さを知り、自分の声というの欠点を受け入れ、
自分の声を愉しみ、自分の声が聞こえる場所を見つけなさい。
もし、また自分の声が小さくなったり、聞こえなくなったのなら、
新たに、自分の声が聞こえる場所をまたゆっくり探せば良い。
手の中に お菓子潜ませ 開いては 悲しみ晴れる 愛しき子
葉の色が 変わりゆくさま 眺めるは 過ぎ去る日々の 知らせ文かな
雪のように白く、彼女の腰まである髪は風になびく。
草原に、彼女はひとりで座っていた。
珍しく帽子は被っておらず、心配になって彼女のもとに急いだ。
私は、羽織っていたジャケットを彼女の頭に被せる。
「ありがとう。」
彼女は、眩しそうに目を細め、そこから紫の瞳が覗いていた。
そして、私を見上げて微笑んだ。
「どういたしまして。」
私は、彼女を抱きしめた。
彼女は、日光に弱い。
彼女の淡い色素では、日光が強過ぎるのだ。
だから、内心とても心配した。
しかし、その言葉は飲み込む。
彼女の行動は、できる限り束縛したくはないから。
「そういえば、古い知人を招待したって聞いたよ。」
「そうなの!聞いて!
久方ぶりに、彼と漢詩を詠み合ったの!
わたしはやっぱり腕が落ちてたのだけど、
彼は相変わらず、とても繊細で情景描写の美しさが際立つ、
素晴らしい漢詩を詠んでくれたのよ。
本当に愉しい、ひと時だったわ。
まるで昔に戻ったみたいで、このひと時がずっと続いて欲しい。
そう思うほどだったわ。」
彼女は、いつになく饒舌で恍惚の笑みを浮かべていた。
私は、夫失格かもしれない。
いや、最低な人間かもしれない。
彼女が喜びに満ちているのに……、素直に喜べない。
それどころか、酷く傷付いた。
嗚呼、彼女をここまで喜ばせれた人間が……夫の私では無かった。
その事実を、私は……恐らく許せないのだ。
きっと、私は見ず知らずの『彼』に嫉妬しているのだ。
私と彼女は、互いに惹かれて結婚した訳では無いのに。
私は、きっと彼女の夫の1人として、それなりに彼女に尽くして、
それなりに彼女を気遣って、うまく夫婦をやっていると思っていた。
だから、だろう。
もしかすると、私は妾では無く、
彼女の4人の夫のうちの、1人だという奢りが有ったのかもしれない。
きっと、今、私は酷い顔をしている。
微笑みは、引きつり、涙が溢れる。
「あら、どうしたの?」
彼女は心配して、私の輪郭を両手で覆う。
そして、流れる涙を指先で拭う。
「ごめん。」
掠れた、涙声で私は応える。
「いいのよ。わたしたちは、夫婦なのだから。
涙が溢れたのなら、それに寄り添うのが夫婦でしょ。」
優しく、穏やかな声に安心する。
気づいたら、声に出していた。
「『彼』に嫉妬してしまったんだ。
嗚呼、こんなにも君を喜ばせることが出来るのか、って。
それが私で無いことが、悔しかったんだ。
ごめんね、こんな情けない人間で。」
私は、吐き出した。
「いいえ、決して情けなくなど無いわ。
わたしのことを、そんなふうに想ってくれて、ありがとう。」
彼女は、私を抱きしめる。
暖かくて、安心する。
「こちらこそ、ありがとう。私の妻で居てくれて。」
彼女が私の妻で、本当に良かった。
ねえ、あなた。愛しているわ。
ねえ、あなた。いつも、ありがとう。
ねえ、あなた。待っていて。
いつか、私と出逢うまで。
約束するわ、あなたを必ず満たし、幸せにすると。
だから、待っていてね。約束よ。