雪のように白く、彼女の腰まである髪は風になびく。
草原に、彼女はひとりで座っていた。
珍しく帽子は被っておらず、心配になって彼女のもとに急いだ。
私は、羽織っていたジャケットを彼女の頭に被せる。
「ありがとう。」
彼女は、眩しそうに目を細め、そこから紫の瞳が覗いていた。
そして、私を見上げて微笑んだ。
「どういたしまして。」
私は、彼女を抱きしめた。
彼女は、日光に弱い。
彼女の淡い色素では、日光が強過ぎるのだ。
だから、内心とても心配した。
しかし、その言葉は飲み込む。
彼女の行動は、できる限り束縛したくはないから。
「そういえば、古い知人を招待したって聞いたよ。」
「そうなの!聞いて!
久方ぶりに、彼と漢詩を詠み合ったの!
わたしはやっぱり腕が落ちてたのだけど、
彼は相変わらず、とても繊細で情景描写の美しさが際立つ、
素晴らしい漢詩を詠んでくれたのよ。
本当に愉しい、ひと時だったわ。
まるで昔に戻ったみたいで、このひと時がずっと続いて欲しい。
そう思うほどだったわ。」
彼女は、いつになく饒舌で恍惚の笑みを浮かべていた。
私は、夫失格かもしれない。
いや、最低な人間かもしれない。
彼女が喜びに満ちているのに……、素直に喜べない。
それどころか、酷く傷付いた。
嗚呼、彼女をここまで喜ばせれた人間が……夫の私では無かった。
その事実を、私は……恐らく許せないのだ。
きっと、私は見ず知らずの『彼』に嫉妬しているのだ。
私と彼女は、互いに惹かれて結婚した訳では無いのに。
私は、きっと彼女の夫の1人として、それなりに彼女に尽くして、
それなりに彼女を気遣って、うまく夫婦をやっていると思っていた。
だから、だろう。
もしかすると、私は妾では無く、
彼女の4人の夫のうちの、1人だという奢りが有ったのかもしれない。
きっと、今、私は酷い顔をしている。
微笑みは、引きつり、涙が溢れる。
「あら、どうしたの?」
彼女は心配して、私の輪郭を両手で覆う。
そして、流れる涙を指先で拭う。
「ごめん。」
掠れた、涙声で私は応える。
「いいのよ。わたしたちは、夫婦なのだから。
涙が溢れたのなら、それに寄り添うのが夫婦でしょ。」
優しく、穏やかな声に安心する。
気づいたら、声に出していた。
「『彼』に嫉妬してしまったんだ。
嗚呼、こんなにも君を喜ばせることが出来るのか、って。
それが私で無いことが、悔しかったんだ。
ごめんね、こんな情けない人間で。」
私は、吐き出した。
「いいえ、決して情けなくなど無いわ。
わたしのことを、そんなふうに想ってくれて、ありがとう。」
彼女は、私を抱きしめる。
暖かくて、安心する。
「こちらこそ、ありがとう。私の妻で居てくれて。」
彼女が私の妻で、本当に良かった。
9/24/2024, 2:36:40 PM