「お久しうございます。我が主君よ。」
「嗚呼、久しいな。遂に私を主君と認めたか。なんの心変りだ。」
「わたくしは、かつての貴方様からの仕打ちを忘れ訳では御座いません。
しかし、其れ以上に貴方様から賜わった恩が御座います。
ですから、わたくしは貴方様を主君と崇め、尽力させて頂きます。」
「かつての仕打ちについて謝罪させてほしい。本当に済まなかった。」
「はい。貴方様からの謝罪、聢と受け取らせて頂きます。」
「お覚悟。」
「嗚呼。」
あなたの凛とした声は、静かに響き渡る。
和多志は今日、あなたに刃を向ける。
今迄、あなたから受けた恩を……和多志は仇で返してしまう。
和多志は……あなたを殺す。
唯一、あなたが望んだ願いを叶えるために。
初めて、あなたを殺すために剣を交える。
あなたの戦法は、知っている。
もう、何度も、何度も、叩き込まれた。
最初は守りに徹し、相手を油断させ、その隙を付く。
相手の集中の糸が切れた、その瞬間をあなたは必ず付いてくる。
単純だが、強力な戦法。
だが、短期決戦に持ち込まれれば、その戦法は崩れる。
和多志は、それを知っている。
だから、和多志は一直線にあなたの心臓を貫いた。
「見事なり。」
和多志の頬を水滴がつたい、急いであなたの、母上に駆け寄る。
「強く成ったな。」
「母上……。」
「ありがとう。わたしの願いを叶えてくれて。…人間に戻してくれて。」
「死なないで、くれ。」
嗚咽が止まらない。
「いやよ。」
嬉しそうに母上は、笑う。
「よく聴いて。失敗して良い、完璧で無くて良い、
万事最善を尽くし、例え短くとも、懸命に生きよ。」
最期の、最期まで凛々しく、穏やかな人だった。
「母上、和多志は……あなたに命を拾われ、
あなたの子として、生きられて、本当に幸せだった。」
「お姉さま……。」
「どうしたの、そんな不安そうな顔をして。」
お姉さまは、優しく微笑む。
「以前、お姉さまとお会いした時より青白く、痩せらたように感じます。」
「ふふふ。」
飾り羽のついた扇子で、お姉さまは顔を覆う。
「お姉さま、どうか、ご無理なさらぬように。」
「ええ、代替わりが終わったらね。」
お姉さまは、覚悟が決まっている瞳をして居られた。
「お姉さまに、神のご加護がありますように。」
「ふふふ、ありがとね。愛しきあなたにも、神のご加護がありますように。」
お姉さまは優しく、わたくしの頭を撫でた。
「じゃあね。I love you.」
「I love you, too.」
わたしを着飾る。
いつもは付けぬ、ネックレスにブレスレット、リングを身に付ける。
いつもは纏わぬ、シャレた刺繍に麻の素材、ラフなワンピースを身に纏う。
高級感に上品さ、派手さも無い、
きわめて、庶民的でラフなワンピース。
細やかで鮮やかな刺繍の施された、黒地のロング丈のワンピース。
皮のヒールの高さは、低めで歩くことに適している。
作りの良い、実用的なシンプルな靴。
植物を編んだ、つばの大きい帽子。
それは、趣味の良い彼女の人柄を表していた。
優しさを与える側も、受け取る側も、
余裕が無ければ、その行為の意味を理解できないように思う。
前提として、これは私見に過ぎず、例外が存在するやもしれん。
その例外をわたくしは、未だ見たことがない。
ただ、それだけだ。
わたくしにとって、優しさとは愛情である。
愛とは、相手を思い、相手を尊重する。
それが愛だと、わたくしは思う。
だから、わたくしは条件つきの愛という、概念を理解できない。