若は、今日も槍を振るう。
極寒の中、手の皮は破け、血が滲みながらも槍の修練をする。
僕には、何故そこまで修練を積むのか理解出来ない。
若は血筋の良い生まれで、次期当主として一族の中でも高い地位だ。
彼の父たる殿も、武将としての地位は高い。
そこまで修練を積まずとも、血筋で良い地位に就ける。
そこまで修練を積まずとも、血筋で良い兵士に恵まれる。
なのに、何故、そこまで修練を積むのだろう。
「若、そろそろ中へお入り下さい。」
「ああ、きりが良いところで止める。」
「先ほども同じことを仰っられたではないですか。日が暮れてしまいます。」
「いや、もう少しだけ続ける。」
「では、僕と勝負をしましょう。」
「僕に勝てば、若が気が済むまで修練を積んで良いです。
僕に負ければ、今日の修練は終わりにして下さい。」
「ほう、良いだろう。」
互いに構える。
地面に積もった雪は舞い、刃を交える。
勝負は、着いた。
槍は若の手から離れ、剣が若の首の寸前で止まる。
「僕の勝ちです。」
私は、そう宣言した。
「チッ、俺の負けだ。」
「本当にお強くなられましまね。次は負けてしまうかも知れません。」
「嘘をつけ。」
「嘘ではありませんよ。実際、危うい場面が何度もありました。」
「そうか。」
どこか、悔しそうな若の表情。
「何故、貴様は強い。」
「僕は、ここで死ぬ訳には参りませんから。」
「ほう、それはあの人に仕えているからか。」
「いえ、違います。殿に仕えるためではありません。」
「大王に仕えているからか。」
「それも、違います。昔、幼き頃から仕える主君と約束したのです。
必ず生きて故郷に戻ると……。僕の最期は、主君の側で迎えると……。」
「なるほどな。念の為、周囲には伝えぬ。」
「感謝致します。」
それは、大人になるという指標。
大人という概念は、わたしにとって極めて曖昧なものだ。
成熟する。
その基準も、人により異なるだろう。
何を持って、大人とするか。
何を持って、成熟するのか。
わたしには、まだ分からない。
むかし読んだ作品には、
『大人とは、嫌いな人間の幸福を祈れるようになることだ。』
と、記されていたような気がする。
それは、当時のまだ幼い私は腑に落ちるものだった。
今のわたしには、そう思えることが如何に難しく凄いことか、
少しだけ垣間見えた。
それは、越えられぬ城壁のように大きい。
大人とは、子どものわたしには理解が及ばぬ、
様々な感覚があるように感じる。
言葉には現しきれぬ、感覚。
その感覚を得られるほどの歳を重ねたいものである。
寒い、寒い。
手には、もう感覚がない。
少しでも、早く火を起こそう。
しかし、木が湿って火を起こせない。
塹壕の中では、やはり何でも湿ってしまう。
私の足すらも……。
私も、彼らのように足を切断せねば、ならないのだろうか。
こんなことなら、いっそのこと自殺しようかな。
ハハ…。
戦争って、こんなんだっけ。
おかしいな、昔の戦争はこんなに永くは続かなかった。
おかしいな、昔の戦争はこんなに兵士は死ななかった。
おかしいな、此処まで兵士を人間として扱わなかったっけ……。
あれ?今迄、私は何のために生きてきたんだっけ。
頬を白魚のような両手で優しく包まれ、輪郭を指でなぞられる。
「かわいいひと。」
甘い蜜のような声を耳元で囁かれる。
『天上の花』
そんな言葉が頭を過る。
蜜のように甘く、天女のように美しい女性。
それが、彼女で在った。
遊女に惚れ込むとは、愚かな自覚がある。
それでも彼女と過ごす一時は、本当に幸せで在った。
美しく、立ちはだかる。
貴方のような人に、私は成りたかった。
貴方のように、底知れぬ強さが欲しかった。
貴方のように、飾らぬ心が欲しかった。
貴方のように、整った容姿が欲しかった。
貴方のように、自分自身に素直に生きたかった。
そう、まるで日の出のように……貴方は眩く、美しい。