又、一つ歳を重ねました。
もう、そろそろ死期が近付いてきているのを感じます。
原来、私は体調を崩しやすい身ですから、同志より寿命が短いのでしょう。
やはり、死とは恐ろしいものです。
若き日は『死にたい』とよく思っておりました。
いざ、死期が近付いていると感じますと、
其れはそれは……本当に恐ろしいものです。
やはり、体感してみないと分からないものですね。
その立ち場ゆえ、死ぬことを許されなかった生涯でした。
しかし、今思うと其れが良かった。
そのお蔭で、私の人生は満足のゆくものと成りました。
もうすぐ、年が明けます。
いくら、私は死期が近付いて来ようとも
……生きることを諦める訳には参りません。
又、年が明ける瞬間を見守ることが出来るよう、之からも精進して参ります。
甘い、みかん。
すっぱい、みかん。
私は、すっぱいみかんの方が好きだ。
そのことを上司に言うと、疲れてるだけじゃない?
僕は、甘いみかんが好きだな。
と、辛辣な意見を頂いた。
うん。あながち間違いでは無い。むしろ、心当たりがある。
本当にそういうことなのだろうか?
疲れていると、酸味は感じにくいらしい……。
えっ、嘘だろう。
もしかして、すっぱいものが好きだったのは……。
やめよう。
私は、単純にすっぱいものが好きなのだ。
それに、すっぱいものが好きな人にも失礼だし……。
うん、上司は甘党で酸味があるものを好まないからに違いない。
うん、きっとそうだ。そうに違いない。
ちなみに、『甘いみかん』と『すっぱいみかん』どっちが好き?
変化とは、水のようである。
ある時は、波のように。
ある時は、雨のように。
時には全てを奪い、時には全てを恵む。
どんな薬も度が過ぎれば、毒となる。
流れに呑まれれば滅び、流れに乗れば栄えを生む。
それは、大いなる自然の理の縮図のように感じた。
今日は、母上が帰ってくる。
母上は、仕事の関係で家になかなか帰れない。
だから、今日は嬉しい。
家族で一番に母上に迎えたくて、玄関の前に立つ。
「若様、冷えますから…こちらを着て下さい。」
執事がコートを渡してくれた。
「ありがとう。」
私はコートを羽織る。
ガチャ
玄関ドアの鍵が開く音がして、玄関ドアが開く。
「母上、おかえりなさい。」
「ただいま、わたしの世界一の宝物!」
ギュッと、抱きしめられる。
頭にキスをされ、もう一度強く抱きしめられる。
其れが嬉しくて、嬉しくて、堪らなかった。
この時を過ぎれば、もう母上を独り占め出来なくなる。
だから、この時を噛み締めた。
可愛い弟たちと可愛い妹たちに母上を譲れるように。
「母上、大好きだよ。」
「わたしも、大好きよ。」
そして、最後にもう一度だけ母上を強く抱きしめた。
豪華さや豪勢さの無い、エメラルドグリーンで統一された邸宅。
そこに置かれる、最高品質の高尚な品々。
この邸宅に住まう家主は、家格、才能、容姿、富etc……、
恐らく、誰もが一度は欲すものを若くして、全て有した男だ。
今日は年に一度の多くの家族が集う、特別な日。
本来なら、誰もが今日を待ち遠しむに違いない。
しかし、彼ら家族は違った。
彼ら家族には、ある重大な欠陥が在った。
それは、おおよその家族なら存在する、
家族愛などの情を、互いに、全く抱いていない事で在る。
玄関の来客を知らせる、ベルが鳴る。
この邸宅に住まう男は、笑顔で家族を歓迎するふりをする。
そして、この邸宅を訪れた彼ら家族も、又、笑顔で歓迎されるふりをする。
なんとも芝居がかった、滑稽で空虚な家族なのだろう。
『平凡で家族愛のある人生』
or
『若くして多くを有しながらも、家族愛が欠陥した人生』
あなたなら、どちらの人生を選ぶ?