豪華さや豪勢さの無い、エメラルドグリーンで統一された邸宅。
そこに置かれる、最高品質の高尚な品々。
この邸宅に住まう家主は、家格、才能、容姿、富etc……、
恐らく、誰もが一度は欲すものを若くして、全て有した男だ。
今日は年に一度の多くの家族が集う、特別な日。
本来なら、誰もが今日を待ち遠しむに違いない。
しかし、彼ら家族は違った。
彼ら家族には、ある重大な欠陥が在った。
それは、おおよその家族なら存在する、
家族愛などの情を、互いに、全く抱いていない事で在る。
玄関の来客を知らせる、ベルが鳴る。
この邸宅に住まう男は、笑顔で家族を歓迎するふりをする。
そして、この邸宅を訪れた彼ら家族も、又、笑顔で歓迎されるふりをする。
なんとも芝居がかった、滑稽で空虚な家族なのだろう。
『平凡で家族愛のある人生』
or
『若くして多くを有しながらも、家族愛が欠陥した人生』
あなたなら、どちらの人生を選ぶ?
ゆずが香る、美しい季節と成りました。
あなたが現世を去った、あの日もこの香りが色濃く漂っていましたね。
この爽やかなゆずの香りを嗅ぐと、今でも昨日の事のように、
あなたのことを思い出します。
あなたが宝と称された、あの方は思し召した通り、
竹のように靭やかに 睡蓮のように泥の中でも咲く花へ
と、見事に成られました。
凛々しく、美しく、聡い、そのお姿はあなたを彷彿とさせます。
あなたの成せなかったことを、形にされることに尽力されて居りますゆえ、
安心してお過ごし下さい。
手紙を封筒に入れ、蝋を垂らし、封をする。
そして、その封筒を明かりの火に掛けて燃やす。
これで、彼岸にも届くでしょう。
どうか、これからもあの方を見守って居てください。
そして、どうか、彼岸ではあなたらしく、穏やかな日々を過ごせますように。
走って、走って、逃げて、逃げて……。
何に追われているか、私には分からない。
直感が警告する。
これに捕まっては成らぬと……。
無我夢中になって廊下を走り抜ける。
角を曲がった先には、モルタル調の部屋が広がっていた。
大きな白枠のすりガラスの窓から、光が差していた。
私は、その白く差す光の美しさに立ち尽くした。
何故かは、分からない。
いつもは、こんなことには目もくれないはずなのに。
この時は、とても惹きつけられた。
あっ、見つかった。
逃げなくては……。
この部屋のドアは、一つしか無かった。
気が動転し、私は血迷った。
逃げたい一心で、窓へ一直線に走った。
窓ガラスを突き破る。
すりガラスは、粉々に砕け散った。
下を見ると、森の木々が見えた。
落ちる。
そう、思った時だった。
無意識に両腕で羽ばたいていた。
両腕から白い羽が生え、翼に変わっていた。
後ろを振り返る、私を追う、
何かは私を見上げ、立ち止まった。
無我夢中に成って、上へ、上へ、上り、飛んでいた。
上空から見る 海沿いの町は小さく、
ダムから流れる水は 涼しい風を運び、
豊かな森からは、様々な鳥の鳴き声が聞こえた。
嗚呼、空を飛ぶことは こんなにも気持ちいい。
私を追うものは、もう私を追ってこない。
それは、とても自由だった。
そして、色々なものがよく見えた。
世界とは、こんなにも美しいものだった。
色々な地を放浪し、色々なモノたちに出逢った。
それは、刺激に満ち、感動的なとても幸せな日々だった。
しかし、その日々は とても孤独だった。
寒さは、いつも私の邪魔をする。
寒さは、いつも私の体調を崩してしまう。
私は、いつもその事実が悔しくて、悔しくて、堪らない。
この日の為の万全の準備を積み重ねたのに、寒さによって其れは無に帰す。
かつての私は、そう思っていた。
だから、無理をした。
毎日のようにめまいと吐き気を我慢して、身体に鞭を打った。
毎日、やりたいことが出来なくて、そんな自分を責めていた。
我慢するのが日常になり、元気とは何か、分らなくなるほどに……
身体と心が削れた。
その無理が祟り、身体が……心が……壊れた。
体調はより一層悪くなり、心は擦り減っていた。
毎日、涙が留まらなかった。
其の当時のことを思い出すと、今でも涙が零れてしまう。
幸い、其の後に病気が見つかり、治療を受けることが出来た。
今は病気は完治して、体調は安定して良好だ。
此の経験を通し、辛いことも多かったが、得たものの方が多かった。
だから、今なら胸を張ってこう言える。
『私は運が良かった。此の経験のおかげで、
自分らしく、好きなように、無理せず生きられるように成った。』と。
「何故、貴男様方がこちらに。」
警備員が止めに入る。
「アポは取ってるから、安心してよ。」
「了承の手紙を見せた方が良いのか。」
「……。」
三人の紳士は、半ば強引に門を潜ろうとした。
「しかし、いくら貴方様方と言えど…。」
警備員は、彼らを知っていた。
いや、寧ろ…知らぬ方がおかしい。
其れほどまでに、彼らはこの屋敷の主人と親しかった。
警備員は、彼らを止められなかった。
この屋敷の使用人も止めに入ろうとしたが、彼らを止められず、
とうとう主人の寝室のドアの前まで来て、勢いよくドアを開けた。
「おうおう、大丈夫か。見舞いに来てやったぞ。」
「大きい声を出すな。身体に触るだろう。」
「花束、持ってきたよ。」
私は、苦笑した。
どこから、私が風邪で伏せっていることを聞いたのだろう。
私は身体が弱く、幼い頃から体調を崩しやすかった。
私にとって、風邪は脅威だ。
風邪と侮れば、私の命は幾つあっても足りないほどに。
だから、彼らの見舞いが嬉しくて、涙が溢れそうだった。
彼らが屋敷に無断で入ってきたのは、廊下が騒がしくて分かった。
「来てくれて、本当にありがとう。」
ぽろっと、私の口から零れた。
「気にすんな。」
「互いに忙しい身だから、こうして集まれるから良いよ。」
「おまえは、どうなの?嫌じゃない?嫌だったら、遠慮なく言って。」
彼らは、口々に言った。
「安心して、嫌じゃない。寧ろ、嬉しいくらいだよ。」
嬉し涙をぐっと堪えて、笑って応えた。