寒さは、いつも私の邪魔をする。
寒さは、いつも私の体調を崩してしまう。
私は、いつもその事実が悔しくて、悔しくて、堪らない。
この日の為の万全の準備を積み重ねたのに、寒さによって其れは無に帰す。
かつての私は、そう思っていた。
だから、無理をした。
毎日のようにめまいと吐き気を我慢して、身体に鞭を打った。
毎日、やりたいことが出来なくて、そんな自分を責めていた。
我慢するのが日常になり、元気とは何か、分らなくなるほどに……
身体と心が削れた。
その無理が祟り、身体が……心が……壊れた。
体調はより一層悪くなり、心は擦り減っていた。
毎日、涙が留まらなかった。
其の当時のことを思い出すと、今でも涙が零れてしまう。
幸い、其の後に病気が見つかり、治療を受けることが出来た。
今は病気は完治して、体調は安定して良好だ。
此の経験を通し、辛いことも多かったが、得たものの方が多かった。
だから、今なら胸を張ってこう言える。
『私は運が良かった。此の経験のおかげで、
自分らしく、好きなように、無理せず生きられるように成った。』と。
「何故、貴男様方がこちらに。」
警備員が止めに入る。
「アポは取ってるから、安心してよ。」
「了承の手紙を見せた方が良いのか。」
「……。」
三人の紳士は、半ば強引に門を潜ろうとした。
「しかし、いくら貴方様方と言えど…。」
警備員は、彼らを知っていた。
いや、寧ろ…知らぬ方がおかしい。
其れほどまでに、彼らはこの屋敷の主人と親しかった。
警備員は、彼らを止められなかった。
この屋敷の使用人も止めに入ろうとしたが、彼らを止められず、
とうとう主人の寝室のドアの前まで来て、勢いよくドアを開けた。
「おうおう、大丈夫か。見舞いに来てやったぞ。」
「大きい声を出すな。身体に触るだろう。」
「花束、持ってきたよ。」
私は、苦笑した。
どこから、私が風邪で伏せっていることを聞いたのだろう。
私は身体が弱く、幼い頃から体調を崩しやすかった。
私にとって、風邪は脅威だ。
風邪と侮れば、私の命は幾つあっても足りないほどに。
だから、彼らの見舞いが嬉しくて、涙が溢れそうだった。
彼らが屋敷に無断で入ってきたのは、廊下が騒がしくて分かった。
「来てくれて、本当にありがとう。」
ぽろっと、私の口から零れた。
「気にすんな。」
「互いに忙しい身だから、こうして集まれるから良いよ。」
「おまえは、どうなの?嫌じゃない?嫌だったら、遠慮なく言って。」
彼らは、口々に言った。
「安心して、嫌じゃない。寧ろ、嬉しいくらいだよ。」
嬉し涙をぐっと堪えて、笑って応えた。
『次は、いつ逢えますか。』
『そうだな。雪が降る頃に又来るよ。』
「あなた。」
「雪の降る頃、約束通り迎えに来たよ。私の花嫁さん。」
「お待ちしておりました。」
「長い事、待たせてしまった…本当にすまない。」
「いいえ、構いません。あなたのお側に居れるなら、何年でも待ちます。」
「ありがとう。いつも、君の優しさに救われる。」
「これからも、末永く宜しくお願いします。」
「こちらこそ、これからも末永く宜しくお願いします。」
街を歩くと、至る所に色とりどりの電灯が灯る。
其れは、冬の日の短さを逆手に取った発明。
この時期、其れは本当に美しく、心奪われる。
寒さの中、だからこそ映える灯たち。
多くの人々の心を明るくする、灯たち。
やはり、いつの時代も灯は…人の心を照らしてくれる。
ふふふ、この感動を…なんと言い表そう。
私には、到底表せそうにない感動だ。
皆は、灯をどう捉える。
あなたにとって、灯とは、どんなものだろうか。
「もう一度、申してみよ。」
上司の静かな怒りが籠もった、低く声が響き渡る。
「申し訳、御座居ませんでした。」
両手を正面にハの字に置き、土下座をする。
必死に声の震えを抑えたが、やはり少し声が震えていた。
心臓を握られているような感覚がする。
「面を上げよ。」
主君の声が響く。
「はい。」
震えながら、面を上げる。
「そう怯えるでない。大丈夫だ。今は、吾が居る。
決して、刀を抜かせぬ故、安心するが良い。」
主君の明瞭な声が響く。
「いくら貴殿が部下に厳しかろうとも、吾の顔に泥を塗る行為は出来ぬ。」
主君は、諌めるように上司に釘を刺した。
「はい。主君の命ならば、致し方或りません。」
先ほどの感情は嘘のように、上司は平然と応えた。
「任務が達せられ無かったことは、致し方無い。
やはり、どれだけ経験を積もうとも一定数、対応出来ぬことは或る。
何故、任務を達せられなかったのか、
それを皆で内省し、分析し、共有し合い、次に活かすことが重要である。」
主君の、優しい声が響き渡った。
「寛大な御判断、心より感謝申し上げます。」
無意識に頭を下げた。
今にも、涙が溢れそうだった。
「良いか、よく聴け。
この度の件、確かに任務は達せられ無かった。
しかし、幸い、貴様ら任務に当たった者は少数だが帰還した。
其れは、正しく貴様の、率いる者としての功だ。
これからも、精進すると良い。」
主君の声が近くで聞こえ、一瞬だが私の肩に手を置かれたのだった。
私は、頭を上げた。
そして、主君の目を見た。
「以後、精進して参ります。」
私は深く頭を下げ、誓った。
生涯、この方に忠誠を誓おうと。