「何故、貴男様方がこちらに。」
警備員が止めに入る。
「アポは取ってるから、安心してよ。」
「了承の手紙を見せた方が良いのか。」
「……。」
三人の紳士は、半ば強引に門を潜ろうとした。
「しかし、いくら貴方様方と言えど…。」
警備員は、彼らを知っていた。
いや、寧ろ…知らぬ方がおかしい。
其れほどまでに、彼らはこの屋敷の主人と親しかった。
警備員は、彼らを止められなかった。
この屋敷の使用人も止めに入ろうとしたが、彼らを止められず、
とうとう主人の寝室のドアの前まで来て、勢いよくドアを開けた。
「おうおう、大丈夫か。見舞いに来てやったぞ。」
「大きい声を出すな。身体に触るだろう。」
「花束、持ってきたよ。」
私は、苦笑した。
どこから、私が風邪で伏せっていることを聞いたのだろう。
私は身体が弱く、幼い頃から体調を崩しやすかった。
私にとって、風邪は脅威だ。
風邪と侮れば、私の命は幾つあっても足りないほどに。
だから、彼らの見舞いが嬉しくて、涙が溢れそうだった。
彼らが屋敷に無断で入ってきたのは、廊下が騒がしくて分かった。
「来てくれて、本当にありがとう。」
ぽろっと、私の口から零れた。
「気にすんな。」
「互いに忙しい身だから、こうして集まれるから良いよ。」
「おまえは、どうなの?嫌じゃない?嫌だったら、遠慮なく言って。」
彼らは、口々に言った。
「安心して、嫌じゃない。寧ろ、嬉しいくらいだよ。」
嬉し涙をぐっと堪えて、笑って応えた。
『次は、いつ逢えますか。』
『そうだな。雪が降る頃に又来るよ。』
「あなた。」
「雪の降る頃、約束通り迎えに来たよ。私の花嫁さん。」
「お待ちしておりました。」
「長い事、待たせてしまった…本当にすまない。」
「いいえ、構いません。あなたのお側に居れるなら、何年でも待ちます。」
「ありがとう。いつも、君の優しさに救われる。」
「これからも、末永く宜しくお願いします。」
「こちらこそ、これからも末永く宜しくお願いします。」
街を歩くと、至る所に色とりどりの電灯が灯る。
其れは、冬の日の短さを逆手に取った発明。
この時期、其れは本当に美しく、心奪われる。
寒さの中、だからこそ映える灯たち。
多くの人々の心を明るくする、灯たち。
やはり、いつの時代も灯は…人の心を照らしてくれる。
ふふふ、この感動を…なんと言い表そう。
私には、到底表せそうにない感動だ。
皆は、灯をどう捉える。
あなたにとって、灯とは、どんなものだろうか。
「もう一度、申してみよ。」
上司の静かな怒りが籠もった、低く声が響き渡る。
「申し訳、御座居ませんでした。」
両手を正面にハの字に置き、土下座をする。
必死に声の震えを抑えたが、やはり少し声が震えていた。
心臓を握られているような感覚がする。
「面を上げよ。」
主君の声が響く。
「はい。」
震えながら、面を上げる。
「そう怯えるでない。大丈夫だ。今は、吾が居る。
決して、刀を抜かせぬ故、安心するが良い。」
主君の明瞭な声が響く。
「いくら貴殿が部下に厳しかろうとも、吾の顔に泥を塗る行為は出来ぬ。」
主君は、諌めるように上司に釘を刺した。
「はい。主君の命ならば、致し方或りません。」
先ほどの感情は嘘のように、上司は平然と応えた。
「任務が達せられ無かったことは、致し方無い。
やはり、どれだけ経験を積もうとも一定数、対応出来ぬことは或る。
何故、任務を達せられなかったのか、
それを皆で内省し、分析し、共有し合い、次に活かすことが重要である。」
主君の、優しい声が響き渡った。
「寛大な御判断、心より感謝申し上げます。」
無意識に頭を下げた。
今にも、涙が溢れそうだった。
「良いか、よく聴け。
この度の件、確かに任務は達せられ無かった。
しかし、幸い、貴様ら任務に当たった者は少数だが帰還した。
其れは、正しく貴様の、率いる者としての功だ。
これからも、精進すると良い。」
主君の声が近くで聞こえ、一瞬だが私の肩に手を置かれたのだった。
私は、頭を上げた。
そして、主君の目を見た。
「以後、精進して参ります。」
私は深く頭を下げ、誓った。
生涯、この方に忠誠を誓おうと。
「もう、こんな仕事やめてやる。」
酒瓶を片手に愚痴る男が居た。
「おい、大丈夫か。酔っ払い。」
私は、この男を昔から知っている。
「五月蝿い。俺は酔ってない。」
その口調は、完全に酔いが回っていた。
「いや、完全に酔ってる。一人称、変わってる。」
そして、この男は酔いが回ると、一人称が俺に変わる。昔のように…。
「五月蝿い!おまえに何が分かる。」
一従者たる私には、あなたの苦労は到底…分かりかねない。
「どんなに嘆こうとも、この仕事は辞められないって。
どうしても辞めたいなら、僕、自ら殺してやろうか。」
昔のように冗談を言ってみる。
「嗚呼、頼む。もう、私は全て終いにしたい。」
頭が真っ白に成った。
「いつ、酔いから覚めた。」
何故なら、その声にその口調はシラフの彼の口調だったから。
「僕、自ら殺してやろうか。って、ところから。」
バシッ「ふざけるな!」
思いっきり頬を引っ叩いて、大声を上げて、あいつの胸ぐらを掴んでいた。
「其れだけは、絶対言うな!其れだけは、言わぬ約束だろう!」
私は激情に駆られ、怒鳴ってしまった。
分かっている、今のは私が悪い。
誰だって、たまには弱音を吐きたくなるし、死にたくなるものだ。
でも、あの日、あの時、誓ったことを忘れていた、彼が許せなかった。
彼は、ひどく驚いた表情をして、安堵したような表情に成った。
「嗚呼、そうだったな。昔、誓ったのだったな。すまない。」
「こちらこそ、大人気なく感情的になってしまい、すみませんでした。」
あっ、彼の顔付きが変わった。
憑き物が落ちた、晴々とした表情に変わっていた。