編み物は、本当に複雑だ。
私には、気が遠くなる。
でも、あの人の為なら……頑張れる。
やはり、どこか不格好。
お義母さまや義叔母さまのような均等な編み目も、
鮮やかな色彩に繊細な模様も、私には未だ出来ない。
悔しい。あー、もう暖炉で燃やしたい。
でも、それはしない。
何故なら、この不格好な編み物の完成を待ってくれる人が居るから。
これの何が良いのかしら。
私には、分からない。
ふふ、我ながら上出来でしょう。
セーターを優しく、抱きしめる。
来年も、また作ろう。
そしたら、少しずつでも上達するだろう。
来年も、又、あの人の故郷に行こう。
そして、お義母さまや義叔母さまに習おう。
ふふ、本当に楽しみ。
ああ、幸せ。
なんて、幸せなんだろう。
今日も、あの人の帰りが待ち遠しい。
息を深く、吸う。
息を吐きながら、中段に刀を構える。
眼の前の相手は、私と互角の強さ…いや、私より強い。
此れは、一騎討ちなのだ。
少しだけ、心と身体をつなぐ糸を切る。
かつての、痛みを感じぬ身体に戻す。
この糸を完全に絶ち切っては、ならない。
絶ち切ってしまうと、そう簡単には…つながらない。
最初は、相手の出方を見る。
相手の攻撃を受け流しながら、相手の隙を伺う。
私の動きは、ゆっくりだ。
徐々に間合いを詰めていく。
その間、私は仕掛けない。
相手の集中が切れた、その時、相手の防御に隙ができる。
相手は、私のゆっくりした動きに慣れている。
そうすると、隙を突く、速い動きには…付いて来れなくなる。
そこを狙うのだ。
速さの濃淡と、でも言うのだろうか。
私の刃は、相手に届いた。
相手の肉を削ぐ、音、香り、感覚が……鮮明に脳裏に焼き付く。
相手の胸から腹にかけて、深く斬った。
相手の表情は、穏やかなものだった。
「安らかに眠れ。」
他に、なんと声を掛ければ……良いのだろう。
私は、首切り処刑人だった。
人を殺すことには、慣れている。
しかし、言葉に表せられぬ、気持ちが湧き出て……止まらない。
思考が停止する。気持ちを切り換えねば……。
嗚呼、そうか、初めて罪のない人を殺したからか。
もしかすると、これが俗に言う、罪悪感なのかもしれない。
さぁ?
その主君の言葉に、私は頭を抱える。
いい加減にしろ!
内心、激情に駆られた。そして、声に出ていた。
眼の前に居る男こと、主君はゲラゲラ笑っていた。
あなたの、こういうところが嫌いだ!と内心、悪態をついた。
落ち着け、私。
主君は、原来こういう人間だ。
無茶振りは、今に始まったことでは無い。
この手のものは、ある種の限界突破である。
認めたくないが、この経験のおかげで、
心身ともに成長できるのも、また事実なのだ。
さぁ、頑張るか。
今日も、我が主君のために。
それは、わたしの愛するもの。
それは、わたしの守るもの。
それは、やがて、わたしのもとを旅立つもの。
それは、ほんの僅かしか、その時を必要としないもの。
そのものは、わたしに多くを与えてしもの。
そのものは、わたしの心の温もり。
しろかねも、しろかねも、くがねも、たまも、なにせむに、
まされる宝、子にしかめやも。
山上 憶良
この歌ほど、わたしの宝物を表すものを、わたしは知らない。
私は、あなたを愛している。
私は、あなたの後夫。
あなたを一族に、主君に、縛りつけるために、
あなたは、私と婚姻させられた。
あなたは、時に涼しく、時に暖かく、優しく穏やかに流れる、
そよ風のような人だった。
だから、きっと、あなたは多くの愛人が居るのだろう。
決して、冷たくせず、熱くしない。
その距離感が、丁度良く、心地良かった。
私は、あなたに遠く及ばない。
知や武の才では、あなたより劣る。
あなたと私では、不釣り合いのはずなのに……。
あなたは、私を夫として、一番に愛する人として、扱ってくれる。
それが、なによりも嬉しかった。