「ねぇ、あなた。もし、わたしの方があなたより早く あの世へ旅立つなら、
笑顔を見送ってほしいの。すぐには、此方に来ちゃだめよ。わたしのいない
余生を楽しんでね。
それに、結婚しても良いのよ。わたしを気にせず、幸せな家庭も築いて良い
のよ。」と、そんな何気ない、貴女の言葉が頭をよぎる。
「お願いだ……。妻を助けてくれ。」と、泣きながら私は、友人に縋り付き、
懇願する。
「最善は尽くす。しかし、命の保証は出来ない。」と、私とは対象的に友人は
極めて冷静に応える。
そこから、どのくらい経っただろう。
友人は、妻の寝室から出てきた。
「最善は尽くした。でも、此処からは彼女次第だ。」と、友人は言った。
「何で、そんなに冷静に居られるんだ!彼女とは、何年も前からの仲だろう!
おまえには、心が無いのか!」と、私は激怒した。
友人のひどく冷静な、全く動揺しない、まるで、見知らぬ人のように接する
ような冷たさに。
そしたら、予想外にも友人は感情を露わに言った。
「分からないとは、言わせない!生死の堺のときは、冷静で居る大切さを!
今まで、わたしたちは何度も、人の死際に立ってきた!
何度も処刑人として、命を殺めてきて、それか!いい加減にしろ!
今まで、貴様は何を学んできたんだ!」
と、私以上の激情で言って、いや、叱ってくれたのだ。
そのおかげで、冷静になれた。
幸い、あの後、妻は目を覚ました。
今では、健康に日々を過ごせている。
後日、友人に謝罪と礼を伝えに行った。
「気にするな。そういう時もある。お互い様だ。」
と、友人は無愛想に言った。
その友人の懐の深さが、格好良かった。
季節が変われば、人々の装いも変わる。
それは、美しい。
その季節を象徴とする色に、多くの人々の装いも染まる。
この情景は、人々が豊かで無ければ、見ることは叶わない。
私のハンカチには、ふたつの大文字のアルファベットが少し重なるように
妻が、深く染められた絹糸で刺繍してくれたものだった。
この深く染められた絹糸を人々が躊躇なく買える、
そんな安定した、豊かな、平和な治世にしたかった。
今、私は……やっと、そう思える。
私の成したことは、間違ってなかったと。
この、私の治める地の人々を、この年も困窮されなかったと。
嗚呼、本当に良かった。
ああ、本当に良かった……。
目から涙が溢れて、溢れて、止まらなかった。
どのくらい、経っただろう。
気付いた時には、側に妻が居た。
優しく微笑みながら、私の頬をつたう涙を……
あのハンカチで、そっと拭いてくれていた。
叫びなんて、馬鹿らしい。
幼い頃から何度も見てきた、父に縋りつき喚き叫ぶ母。
母に冷笑を浮かべ、父は『君も僕みたいに愛人をつくると良い。』と言う。
そんな滑稽なやり取りを何度も見てきた。
女泣かせのクズな父。婚外子は把握しているだけでも、数十人は居た。
父に固執し続けた母。実子の完璧さを求め、次第に狂っていった。
大人に成り切れない、哀れな両親を見て思った。
喉を枯らしても、届かないと。
そう、貴女に出逢うまでは……。
耳を澄ませる。
なんとなく、好きな音に耳を傾ける。
虫の音が静かに響き、心を優しく包んでくれる。
だからだろうか、虫の音を聴くと 凪みたいに穏やかになる。
秋は、何もかも崩れる。
日が暮れる時間が早まることで、心の調子は崩れてしまう。
寒暖差が大きいことで、春や夏の疲れが押し寄せる。
これらが重なることで、体調が崩れてしまう。
でも、だからこそ、日々を見直せる気がした。
春や夏の無茶を、秋には見直し、冬には反省を生かす。
だから、秋は『いつものはじまり』だと思う。
わたしにとっての、本当のはじまりはいつも秋だった。
いやよ、ひとりの女だけを愛さないで……。
わたしは、あなたの妾に過ぎないわ。
でも、心から…あなたを愛してるの。
そんな……わたしの側にいるときより、幸せそうな顔をしないでよ。
ああ、わたしのまえで…そんなに彼女のことを嬉しそうに……話さないで。
そう言えたら、どれだけ良いのだろうか。
あなたに嫌われることが、何よりも恐ろしいの。
離れることは、甘い嘘より……いやよ。
わたしの愛を、忘れないでね。