耳を澄ませる。
なんとなく、好きな音に耳を傾ける。
虫の音が静かに響き、心を優しく包んでくれる。
だからだろうか、虫の音を聴くと 凪みたいに穏やかになる。
秋は、何もかも崩れる。
日が暮れる時間が早まることで、心の調子は崩れてしまう。
寒暖差が大きいことで、春や夏の疲れが押し寄せる。
これらが重なることで、体調が崩れてしまう。
でも、だからこそ、日々を見直せる気がした。
春や夏の無茶を、秋には見直し、冬には反省を生かす。
だから、秋は『いつものはじまり』だと思う。
わたしにとっての、本当のはじまりはいつも秋だった。
いやよ、ひとりの女だけを愛さないで……。
わたしは、あなたの妾に過ぎないわ。
でも、心から…あなたを愛してるの。
そんな……わたしの側にいるときより、幸せそうな顔をしないでよ。
ああ、わたしのまえで…そんなに彼女のことを嬉しそうに……話さないで。
そう言えたら、どれだけ良いのだろうか。
あなたに嫌われることが、何よりも恐ろしいの。
離れることは、甘い嘘より……いやよ。
わたしの愛を、忘れないでね。
暖かく、麗らかな、中性美を纏う、魅惑の貴女。
そよ風のように、私に触れる貴女。
凪のように、穏やかな貴女。
竹のように、靭やかな貴女。
蝶のように、軽やかな貴女。
何人たりとも惚れぬ、母鷹のように凛々しい貴女。
貴女の前では、青薔薇も色褪せる。
貴女の温もりは、巨万の富も価値を成さない。
この世で最も深く愛す、貴女。
私の妻として、子どもたちの母として、貴女は幸せでしたか。
貴女の、風花のように澄んだ声を……鈴のような笑い声を……
どうか、もう一度だけ、聴かせて……。
もっと、もっと、上に成らなければ……。
もっと、もっと、強く成らなければ……。
あの頃は、かなり思い詰めていた。
強さばかりを追い求め、いつも努めていた。
強く成らねば、生きる意味は無い。そう、感じるほどに。
己の有する全ての才能を、研ぎ澄ませることしか……眼中に無かった。
若さ故に……無知が故に驕り、傲慢だった。
かつて、誰よりも完璧で無ければ、己を許せなかった。
かつての己は、苛烈で独善的だった。
まるで反面教師にしていた、師匠のように。
何も考えず、いとも容易く、躊躇も無く、淡々と命を奪ってきた。
命の重さは、皆等しく同じだ。
重罪人とて、それは変わらない。
かつて、命を奪うことは己を強くする手段の一つでしか無かった。
でも、今は違う。
今の己は、命を奪うことの重さを知っている。
己の強さは、他者を思い遣らねば、成立しないことを知っている。
研ぎ澄ませてきた……己の強さは、他者が苦しまぬ為に在る。
高みを見るのでは無く、眼の前のことに集中する。
そして、その一瞬が生涯に幕を閉じる者の『人生』を決めるのだと思う。
あの純粋さを持ち続けたかった。
なんて、今更思う。
過去は悔いぬ、変えられぬものには、固執はしない。
幼き頃、親に存分に甘えたかった。
しかし、もうあの時には戻れない。もう、家族はいない。
誰一人として、もう此の世にはいない。
もう……やっと……血の呪縛から逃れられた。
そう思っていた。
そして、気が付いた。
一度、汚れた手は……もう二度と綺麗になることは無いことに。
此れこそが、血の呪縛という事に。
ハハハッ…、嗤える。
まるで、悲劇の主人公みたいに滑稽だ。
ひどく嗤える話しだろ?
嗤ってくれよ、…………頼むよ。
笑ってくれよ、…………子どもみたいに。