光輝く人。
自分自身が望み、選んだ人生とは全く違う生き方をしている人。
其れが、彼だった。
私は、ノース。 彼は、サウス。
昔から、私が月なら、彼は日と喩えられる。
私と彼は、何故か、よく比較される。
人種も違えば、故郷も異なり、価値観や倫理観も違うのに。
長年に渡り、対となる立場だからかも、知れない。
未だに彼の行動には、理解に苦しむ。
何故、あそこまで依頼主の指示を破り、無視するのだろう。
しかし、何故か依頼が絶えないのが不思議なくらいだ。
彼は、なぜ、あそこまで自由に生きられるのだろうか。
彼のように、己に素直に生きられたらな…と、たまに思う。
彼のような人生を歩めたら…と、羨ましく思う時が有った。
かの有名な平家物語の冒頭部分を思い出す。
和多志の仕える主は、この文を日常的によく唱えた。それほどまでに、好んでいたものは、他に無かった。
諸行無常。
一見すると、同じ事の繰り返しのような日常でも、その瞬間、その一時と同じ時は、もう二度と、決して訪れることは無い。
和多志は、そう解釈している。
だからこそ、大切なのだ。あたり前のこの平和な日常が…。
だからこそ、大切なのだ。この日々に、瞬く間に過ぎ去ってしまう時に、感謝することが…。
主は、それを…まだ、幼き頃に知ったのだ。知ってしまったのだ。
この日々は、決してあたり前では無いことを…。親しき者たちが、心から笑い逢い、生きていることの喜びと有り難みを…。
わたしは、彼に敵わない。わたしの技術をどれだけ駆使しても、彼に勝つことは、叶わない。でも、それでも、彼に決闘を申し込む。彼は、そんなわたしを決して、嗤わない。
昔、彼に聞いてみた。諦めの悪い、滑稽なわたしを何故、嗤わないのか。と、興味本意で問うた。
彼は、こう応えた。
「私には、決して真似することの出来ない強さが、貴女には有る。貴女は、自分自身の弱さと向き合う。戦い、分析し、受け入れる強さが有る。そして、何よりも貴女の、他者には出来ぬ芸当の技を見せてくれる。貴女の技は、いつも美しい。」と。
わたしが対となる彼に、絶対的な信頼を置くのか、理解できた瞬間で在った。
目が覚める。天井も壁紙も、カーテンにベットシーツも真っ白の部屋にいた。わたしは、眩しくて目を細めた。手をみると、包帯が巻かれており、この色もまた、白かった。ベットから降りたくて、靴を探していると床だけは茶色いことに気がついた。ここだけは、眩しくなかった。
靴を履いてみると、ふかっとして驚いた。踵のない変わった形をした靴。
そっと、カーテンを開けた時だった。
白い女の人が居た。ラベンダー色の目をしたきれいな女の人で、まつげまで真っ白だった。
「目が覚めたのね。良かった。」と、微笑み、わたしの頭を優しく撫でてくれた。
わたしは、嬉しくて笑い声が溢れた。
その女の人は、それから毎日、来てくれた。一緒にいる時間は短いけど、凄く嬉しかった。
女の人の娘になった。女の人は、わたしより年上の何人もの子どもが居た。
みんなは、女の人のことを『お母さん』と呼んだ。
わたしも『お母さん』と呼びたくて、でも、なんだか恥ずかしくて。
でも、今日は勇気を振り絞って「お母さん」と呼んだ。
すると、女の人は涙を流しながら笑っていて、「ありがとう。」と言ってくれた。
わたしは、お母さんが悲しいのか、嬉しいのか、分からなくて聞いてみた。
「お母さん、大丈夫?なにか、悲しいことあったの?」って。
「ううん、お母さんはね、とても嬉しいと泣いてしまうの。」って。
「そうなの?お母さん、大好き!」って、言って、お母さんを抱きしめたの。
「お母さんもあなたのこと、大好きよ。」と言って、抱きしめてくれた。
晴れは、嫌いだ。仕事をしなくては、いけなくなる。晴れには、晴れの良さがあるのは、分かる。ただ、仕事は嫌だ。それに、サボると弟弟子に諭せれて仕事を結局しなければ、ならない。今日は、生憎の晴れだ。だから、いつもとは違うところで、サボる。これで、弟弟子の追手を回避できる、と思っていたら…先客が居た。
先客の青年は、庶民では手に入らぬ上等な着物に袴を着て、足袋に高下駄を履いていた。横には、濡れた和傘が閉じられていた。
「此処らでは、見ない顔のあんちゃんだな。どこから、来た。」と、和多志は青年に問うた。
「京の方からです。」と、品のある優しげな声で、応えた。
「ほう、それりゃあ珍しい。なんで、また。」と、和多志は問うた。
「仕事です。少々、故郷では息が詰まったので、息抜きも兼ねています。」と、青年は遠くを見ながら、困ったように微笑んだ。
「あんちゃんも、大変だな。まだ、若いんだから、体を大事にな。真面目なやつほど、あっという間だからな…。」と、和多志にしては珍しく、真剣に話した。
「有難う、ございます。本当に…。」と、青年は何故か…手で両目を覆い、下を向いた。
「おう、気ぃつけてな。」と、和多志は不思議に思いながら、その場を後にした。
久々に礼を云われ、朗らかな気持ちが湧き上がった。
こういう日は良いだろうと、酒屋で安酒を引っ掛けて帰った。
決して、褒められるような人生でも、人柄でも無い…和多志だが、礼を云われることも有る。
その時を思うと、和多志のような人生も…案外、悪くないと思えた。