貴女は、一向に私を見ない。
貴女に初めてプロポーズをしたのも、貴女に初めてダンスに誘い、踊ったのも僕だった。貴女と僕は年も近く、国は違ったが家同士の仲も良く、同じくらいの家柄だった。貴女に何度アプローチしても、貴女は目を伏せ微笑み、いつも同じ言葉を紡ぐ。「可愛い人ね。」と、一言だけ。
今では、貴女には婚姻した人が居る。その人のことを…心から愛していることを今まで見たことのない…幸せそうな表情が物語っていた。
貴女と一番仲が良かったのは、私のはずだったのに。愛する人が幸せになることは、嬉しいはずなのに…。
旦那さんが酷い人なら…、夫婦仲が悪かったら…、家同士の仲が悪かったら……良かったのに。
考えてしまった…、思ってしまった…、私が貴女を幸せにしたかった。と、
血の滲み出る努力を重ねたことも、どんなに苦しくても必死に生きた理由も、人生の全てが、貴女のとなりに並ぶだったことに気付いてしまった。
昔から、分かっていたはずなのに……。辛くて…、辛くて…、仕方無かった。
紅い薔薇、それは、私を象徴するものだった。
私たち兄妹は、それぞれを象徴する植物と色を成人すると与える風習がある。謂わば、この家にふさわしい人物と認められた証なのだ。
紅い薔薇の花言葉は、「I love you (あなたを愛しています)」「Love(愛)」「beauty(美)」「passion(情熱)」「romance(ロマンス)」
残念ながら、私には不釣り合い。私は、たしかに美しい。大抵の男は、微笑むだけで顔を紅くする。でも、情熱的でも無ければ、ロマンスなんて…ない。ただ、色目を使っているだけ…。そこには、愛なんて無い。
今日も私は愛情深く、妖艶な女を演じる。紅く美しい薔薇のように甘く、多くを惹き寄せる魅惑の薫りのする女を…。
それが、私の生き方…ずっと待っている、その時までの仮の姿…。
親愛なる貴女へ
わたしたちの愛しい娘よ、わたしたちの宝物よ、如何お過ごしでしょうか。
貴女とまた手紙ではあるけれど、つながりを持てることを嬉しく思います。
今でも貴女との思い出が 眼に浮かびます。貴女との別れほど、辛いものはありませんでした。
でも、それが貴女が決めた道でしたね。
もう憶えていないかもしれませんが、幼い頃の貴女は わたしたちを守るために、この道に進んでくれました。
逆らえば わたしたち家族が殺されることを勘づいていたように見えました。
あの時の貴女は わたしはこの道に進みたいと、この命を全うしたいと、言ってくれました。
貴女の聡く、優しい気遣いが、わたしたち家族を救ってくれていました。
最後になりますが、どんな貴女でも 紛れもなく大切な家族で わたしたちの愛しい娘です。
どうか、これからは、自分のために生きて下さいね。
貴女を愛する両親より
鳥に成りたい。鳥になって、大空に羽ばたきたい。
今日で終わりにしよう。貴方を忘れようとするのは…。
貴方は、私の相棒だった。貴方は、いつも他人を優先する。死際でさえ、仇を取ろうとする私を止めた。妹の為に…。貴方は、優しく、清く、正しい。そんな貴方が、私より先に死ぬのは、どう考えてもおかしい。私とは違い、貴方は身内の死にいつも心を痛め、涙を流していた。貴方は、決して人の道を違えなかった…そんな強さは、私には無かった。貴方は決して割り切らず、心を殺さない強さが有った。
あの時、私を止めた貴方の決断は正しかったようだ。もしかすると、私より妹の方が復讐にむいている事を予感していたのかも知れない。貴方の仇は、妹が打った。私が仇を打ちたかったが、今回は仕方無い。貴方との、最後の誓いを破ることは私にも出来なかったようだ。
どうか、これからは安らかに睡るが良い。
墓石には、ワインの入ったグラスと、墓石に彫られた誕生日と同じ日付が記されたワインボトルが置かれていた。