今日で終わりにしよう。貴方を忘れようとするのは…。
貴方は、私の相棒だった。貴方は、いつも他人を優先する。死際でさえ、仇を取ろうとする私を止めた。妹の為に…。貴方は、優しく、清く、正しい。そんな貴方が、私より先に死ぬのは、どう考えてもおかしい。私とは違い、貴方は身内の死にいつも心を痛め、涙を流していた。貴方は、決して人の道を違えなかった…そんな強さは、私には無かった。貴方は決して割り切らず、心を殺さない強さが有った。
あの時、私を止めた貴方の決断は正しかったようだ。もしかすると、私より妹の方が復讐にむいている事を予感していたのかも知れない。貴方の仇は、妹が打った。私が仇を打ちたかったが、今回は仕方無い。貴方との、最後の誓いを破ることは私にも出来なかったようだ。
どうか、これからは安らかに睡るが良い。
墓石には、ワインの入ったグラスと、墓石に彫られた誕生日と同じ日付が記されたワインボトルが置かれていた。
『E』、私を仮にそう云おう。
仮に、私と対になる者を『W』と呼ぼう。
Wは、Eとは多くが異なる人だった。性別は勿論、価値観も異なる。Eとは異なり、Wは人を愛すことも愛されることも知っている人だった。
EとWの決定的な違いは、仕事への考え方だった。
Eは、何よりも依頼主からの指示に従順で忠実だった。Wは、何よりも独善的で、依頼主からの指示を平然と無視した。
Eは忠実さと従順さで、此の地位を掴んだ。しかし、Wは己の技力のみで、此の地位を掴んだ。
其れが…其の紛れもない事実が…Eには、辛かった。なによりも、残酷で…不平等な現実だった。Eには、運命に抗い、戦う知恵も…考える事さえ、無かった。
竹のように靭やかなで、蓮華のように泥の中でも咲く花のように生きる、W…貴方のように成りたかった。
『生き方は、人…其々、ふたつとして同じ人が居ないように、ふたつとして同じ生き方は存在しない。だから、己の生き方を恥じる事は無い。』
此の言葉を貴方から聞いた時、私は膝から崩れた…視界がぼやけ、涙が溢れて、溢れて、止まらなかった。
今迄、何度も…呪い続け、縛り続け、否定し続けた生き方が報われたように思えた。
言葉には、霊が宿る。言葉には、力があり、重みがある。見えるものでは、決して無い。しかし、多くの人々が計り知れないほどの永い時間を掛け、変化させ続けて来たものだ。
謂わば、言葉とは其の土地の歴史であり、文化であり、様々なものの根底なのだ。
今の時代は、遠く離れていても誰とでも連絡できる。
その言葉の相手と自分自身に与える影響力と重みを、気軽に連絡することが出来てしまうからこそ、実感することは難しいと思う。
言葉には、人の人生を変える力がある。
たった一言で…人を殺めることも、人を救うことも、出来てしまう。
言葉は、『諸刃の剣』という事実を決して忘れては無らない。
朝日が、昇る。
朝の光は、とても気持ち良い。私の隣には、小さな手紙が置いてあった。
其の手紙は、愛する人からのものだった。
『朝を一緒に迎えられなくて、ごめんなさいね。』と綴られていた。
私は、貴女の繊細な気遣いに惚れたのだ。いつも相手を思い遣る、そんなところに。
貴女は、魔性だ。一度惚れたら、手放せない…どんな人でも骨抜きにしてしまう。貴女には、私以外にも愛する人が他に幾人も居る。其れでも、誰も貴女を手放さない。
其れどころか、私はより貴女に執着している。
貴女は、私を愛しているが一番では無い。運命は、とても残酷だ。生涯で貴女ほど愛している人は、私は居ないのに。
布団から、仄かに貴女の…ラベンダーの香りが鼻を掠めた。
私たちの生きる世界は、修羅の道だ。
此の家で生まれたら、気に入られ…養子に成ったら、最後だ。もう人の道は、歩めない。もう、陽の目を見ることは叶わない。此処は、まるで巫蠱の壷の中みたいだ。子どもたちを城館に閉じ込めて、序列の順位を競争させ、最後まで生き残った強い者を作り、兵器として使う。
最後まで生き残った者、其れが私だ。
偶然、生き残った訳では無く、私が殺したのだ。頂点に成るために、生き残る為に、平然と多くの人を殺した。あの頃の私は、何も思わなかった。何も感じなかった。生きる為の行為でしかなかった。
兵器として、生きてきた。傀儡みたいに、生きてきた。常に虚ろだった。あの頃の記憶は殆ど覚えていない。其処だけ記憶が抜け落ちていた。
今の私は、あの頃とは違う。命を奪うという意味を知っている。