お題:三日月
夜更けに二人でコンビニへ買い出しに出かけた帰り道。空には綺麗な三日月が浮かんでいた。
道中、ほとんど会話はなかったが、それは固苦しい沈黙ではなかった。無理に沈黙を破る必要を感じなかった。同じ空間を共有していることが心地よい。今まで、誰ともこんな気持ちになったことはなかった。猪野は不思議な男だ。
お題:色とりどり
ポツリポツリ。ひとつふたつと雨音が増えてゆく。窓の外では静かに雨が降り出した。天気予報どおりの雨。
(猪野くん、傘を持って行ったんでしょうか?)
猪野は今日は早朝からの任務で、七海が起きる前に家を出て行った。天気予報だって見ていないだろう。
そう思ったら、居ても立っても居られなかった。気がついたら二人分の傘を持って家を出ていた。
街では色とりどりで鮮やかに咲く傘とすれ違う。彼はそれを「紫陽花みたい」と言って笑っていたっけ。
高専に着いて少しすると、任務を終えた猪野が七海を見つけて声をかけてきた。
「あ! 七海サン! どうしたんですか?」
「いえ、その、報告書を提出に……」
素直に、傘を持ってきたとは言えなかった。
「そんなことより猪野くん、びしょ濡れじゃないですか」
「そうなんすよ。結構雨足が強くなっちゃって。これからシャワー浴びて着替えてきます。時間かかっちゃうから、七海サンは先に帰ってもらったほうが……」
「いいえ、待たせてもらいます」
「わかりました! 超特急で済ませてきますね!」
そう言うや否や、ダッシュで消えてゆく猪野の背を見送った。
程なくして、シャワーを済ませた猪野と合流した。
「雨、まだ止んでないんですね」
「そうですね」
雨足は弱まったものの、止む気配のない雨。
「猪野くん、これを」
そう言って、持ってきた傘を1本差し出す。
「! ありがとうございます! ……七海サンもしかして、俺のこと迎えに来てくれたの?」
「……そうです」
俯きながらか細い声で答える七海。耳が朱に染まっている。
「! 嬉しい! ありがとうございます!!」
もしもここに二人きりだったら、抱きついてきそうな勢いで喜んでいる。
「ねぇ、七海サン」
「なんですか?」
「せっかく傘持ってきてくれたのに申し訳ないんスけど……相合傘して帰りましょ?」
「それは……わかりました。いいでしょう」
1本の傘。狭い中で身を寄せ合って帰るのも悪くないと思う七海であった。
お題:雪
「わー!綺麗に積もりましたね!雪!!」
「そうですね」
窓から外を見て、楽しげな君。街は白く色づいていた。天気予報通りとはいえ、都内にしては珍しいくらい見事な雪景色だった。
「ねぇ、七海サン。外、行きましょ!」
「……えぇ」
嬉しそうにはしゃぐ君を前にして、断るという選択肢はなかった。
「当たり前だけど、めちゃくちゃ寒いっスね〜」
太陽の光を受けてキラキラと光る世界。君は両手を擦り合わせながら身を縮めて、白い息を吐いている。
「わ、七海サンの手冷たい。冷え性?」
「きっと君の体温が高いんですよ」
コートのポケットから出した手を両手で包まれる。自分よりもあたたかな彼の手の中は心地よかった。
「こっちの方がもっとあったかいでしょ?」
指の指が絡まり、いわゆる恋人繋ぎをする猪野。少し体温が上がった気がする。
「少し散歩しませんか?」
「えぇ。構いませんよ」
普段なら恥ずかしくて断っていただろう。でも今は、この真っ白な世界に二人しかいないような気がして、誘いに乗ることにした。
こんな平穏な世界が、無邪気な笑顔が、暖かな手のぬくもりが、どうか永遠に続きますように。
永遠なんてそんなもの、到底叶うはずもないのに、どうしてもそう願ってしまうのだ。
お題:君と一緒に
私の家に君の荷物がだんだんと増え、ついに君と一緒に暮らすようになった。なんだか気恥ずかしい。
既に恋人同士になっていて、他人には見せられないような姿も見られているのに、だ。
合鍵を渡してはいたが、それとは訳が違う。お互いがお互いの生活の一部になったのだ。
朝起きて「おはよう」と言う相手が、出掛けには「いってらっしゃい」と、帰宅すれば「おかえりなさい」と言ってくれる相手がいることが、こんなにも幸せなことだとは思わなかった。
一寸先すらどうなるかわからない私たちだけれど。
この先も、ずっと、君と一緒に。
そう願わずにはいられない。