涙の理由
君のその涙に、理解はするが納得はできなかった。
「彼氏が浮気をしていた」
そう僕に泣きついて来た君に、僕は背中をさすることしかできなかった。
さすっている間も、僕は納得できずに考えていた。
僕が恋人だったら泣かせないのに。
僕が恋人だったらずっと君だけを見続けるのに。
それに、泣きついてきた上、僕に抱きついている君。
その彼氏とまだ別れてもいないのに、たかが男友達に抱きついている。傍から見たら恋人同士だし、僕から見たら君も立派な同罪だ。
そんな感情をひた隠して、僕は君を見下ろしている。
君は、いつたかが男友達じゃない事に気づくのか。
きらめき
流れ星とは一瞬だ。
いつの間にか現れて、
瞬きする間なく過ぎ去る。
でも、その過ぎ去る瞬間までがまるでスローモーションの様に見える。
あの時僕達が出会ったときもこんなふうだったと思う。たまたま君は転校してきて、
たまたま君は僕の隣の席に座った。
そしてたまたま僕と仲良くなった。
全て偶然だったのかも知れないし、
必然だったのかも知れない。
君が何も言わず急に転校していったことも。
転校する前日、二人屋上で話をしていた時、君は急に言いだした。
「私、君のことが好きなんだ。」
その時はただただ嬉しかった。
だけど、君は
「返事はいらないよ、友達だから。」
と言った、泣きそうな顔で、言い聞かせるように。
君は、父親の仕事の都合で何度も土地を転々としていて、友達が居ないと言っていた。
だから僕はあの日友達になった。
僕は、友達という関係に甘えてたのかもしれない。
君だってそうだったと思う。
友達だって言い聞かせて、いつかまた転校する時が来ると分かったうえで友達ごっこを続けてた。
だけど、今考えたらそれで正解だった。
そうしてくれて、良かったんだと思う。
だってこの先一生会えなくなる相手に好意を伝えても、苦しくなるだけだろうから。
僕達は偶然出会っただけで、
ただ一瞬の一目惚れだっただけで、
いつかは流れる星に夢を抱いていただけだった。
そう言い聞かせて、心を捻じ曲げようとしても、涙だけは止められなかった。
開けないLINE
大会が近くなって忙しくなる部活。
君と話す時間も少なくなっていった。
大会の1週間前、久しぶりに会った君は呟くように
「私彼女なのにさ」と零し始めた。
そんな些細な事に、
「俺、部活で忙しいって言ってるだろ。」と大会のことでむしゃくしゃしていた俺は普段なら謝って済むところを突っかかってしまった。
それに負けじと「部活ってそんなに大事なの?」と言い返す君に、俺は「何もわかんない奴が口出しするなよ」、そう冷たく突き放ってしまった。
彼女は涙ぐみながら「もういい」そう言って走り去って行った。
それを俺は追いかけず、そのまま話さないまま時は過ぎた。
ある日ピロンッと通知が来て、その通知は彼女からだった。
前の事を謝りもせず引きずっていた俺は、その通知は開かなかった。
全部、大会が終わったあと謝ればいい、そう思っていた。
大会前夜、部活の仲間達との打ち上げで集まっていた仲間達を後にした俺は、彼女の姿を目にした。
声を掛けようとした手前、
彼女と仲よさげに腕を組む男がいた、
それは「たかが部活」、そう言い残して勝手に退部して行った元チームメイトだった。
そいつはレギュラーで、そいつの穴埋めに皆必死だった。
主将の俺がしっかりしなければならないのに、俺はそいつを引き留めようともしなかった。
3年間地区止まりだったのにやっとの思いで進めた県大会。何より高校最後の県大会。
今まで卒業していった先輩達のように、泣いて悔いを残したまま卒業なんてしたくはなかった。
だが、3年なんて普通ならもう引退時期。
周りにも進学の事で言われてもいた。
「たかが部活」そう言い放ったアイツに、共感する部分は確かにあった。
だからこそ引き止められなかった。
そういえば、と呆気に取られていた俺は携帯を取り出し君から届いていたメールを見る。
そこには単調に、ただ冷酷に
「別れよう」
その一言だった。
俺が部活に熱心になっていなければ、
俺が潔く部活を辞めていたら、
こんなことにはならなかったのか?
そう思ったまま、前を歩く彼女に声をかける気力は湧いてこなかった。
大会の結果は、想像がつくだろう。
雨に佇む
その日は、何日かぶりの晴れだった。
しかも晴天。雨が続いていたのに突然。
待ち合わせ場所に来た君は、空を見て「綺麗だね」と微笑んでいた。
彼女の様子がいつもと違っていたなんて、浮かれていた俺には気付けなかった。
君が見たいと言っていた映画を見に行って、君のお気に入りの服屋を回って、事前に予約してあった夜景の綺麗なレストランに足を運んだ。
今思えば、フォークとナイフを持つ手が止まってぼーっと夜景を眺めていた彼女の気持ちに気付いていれば、まだ良かったのかも知れない。
レストランを出た後、公園に向かった。
ビルのネオンが光って、とても夜景が綺麗だった。
ベンチで今までの事を話した。
そして、話が落ち着いてきた頃、僕はベンチを立ち、唾を飲み込み、「結婚してください」そう言った。
彼女は、
「ごめんなさい」
そう言って泣いていた。
初めて見た泣いた姿、プロポーズ失敗という現実。
全てに混乱していた。
彼女は、泣きながら「プロポーズされる事は前々から分かっていた」と言っていた。
彼女の両親はすごく厳しく、彼女と僕のことについても反対していたそうだった。
僕にその事を相談できなくて、今に至るというわけだった。
僕は嘘が下手で隠すのに必死だった。それと同様に、人の嘘を見抜くのも下手だった。
だが、僕は「君が飽きて僕を振ったならまだしも、親に反対されていたということなら認められるように頑張る。」と言ったが、彼女は頭を横に振り「本当にごめんなさい。親にもこれが最後と言われて来たの。」そう言い残して走り去って行った。
頬に流れていた涙は、ちょんちょんっと降り始めた雨に混じって消えていた。
さっきまで晴れて星が綺麗だったのに、僕の涙とともに雨は強くなっていく。
ここまで恋愛に本気になったことはなかった。
彼女の好みを聞いて、
彼女が行きたいところに行って、
彼女の好きな夜景が見れる所にだって何度も行った。
なのに、どうして。
僕は強い雨に打たれながら、ただただ佇むだけだった。
麦わら帽子
真夏の空に、綺麗に咲いたひまわり。
麦わら帽子に、純白のワンピース。
漆黒の長い髪に、白い肌。
暑そうに車椅子に乗っている君に、僕は問う
「どう?」
君は、麦わら帽子に顔を覆われたまま、こちらを向かずに「綺麗だ」と言った。
その頬には涙がつたう。
僕と君が最初に会ったのはここ、病院だった。
体調が優れず入院していた祖父のお見舞いに行った時、
僕は病院の屋上にふらっと立ち寄った。
その時君が今も日光を遮っている麦わら帽子を風に飛ばされたのが始まりだった。
咄嗟に僕が帽子を追いかけて、帽子を掴んだ。
君に近づき、君に渡すとひまわりより明るい笑顔で「ありがとう」と言った。
その後、話し込み仲良くなった。
それから僕は何度も屋上へ立ち寄った。
君がいると思ったから。
でも、けして君に会いたくて行ったわけじゃない。
そう言い聞かして。
屋上の花壇に咲いていたひまわりを、君は愛おしそうに見つめながら言った。
「来年も見れるかな」
ふっ、と僕の方を見る彼女の顔はなんとも言えない表情をしていた。
確かなのは、拭いても残っていた涙の跡。
僕は、そう聞かれてもまた何も言えず目をそらす。
僕だって君に言ってやりたい、「絶対に見れる」。
なんて、
そんなこと言えるはずがない。
見れるかなんて、僕より君のほうが知っているだろうに。
何も言えない、できない僕はただただ最初に会った時よりかか細くなった手を握りしめた。
君は同情されるのを嫌がったね。
でもこれだけは君に言える。
これは同情じゃない、
『愛情だ。』