ねここ

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2/16/2025, 3:05:07 AM

【君の声がする】

「ただいまぁ」
月曜からずっと働き詰めで、やっと迎えた金曜の夜。
一週間分の疲れが溜まった体を引きずり帰宅をすると、真っ先に洗面所へと向かう。
ハンドソープで指の間、爪の中までしっかりと洗っていると足元に擦り寄る存在があった。
「んなぁ〜う」
その子はうちで飼っている猫たちの中で一番の甘えん坊。
毎日帰ってくるたびに、こうして足にまとわりつきながら甘えた声を出す。
「はいはい、待っててね」
手を拭いている間すら我慢できないらしく、早く撫でろと言わんばかりに鳴き続けた。
「にゃぁう、んぁう」
「はいはい、おまたせ」
清潔になった手で擦り寄せてくる猫の頬を、耳の裏を撫でる。
すぐにゴロゴロと気持ち良さそうに喉を鳴らして、その場でお腹を見せるほどリラックスしている。
甘えてくるのは毎晩のことだけれど、これほど激しく鳴いて甘えるのは金曜日の夜だけ。土日がお休みなのだとわかっていて、たっぷり甘えてやろうと思っているのだろうか。
両手を伸ばして、必死に鳴きながら私の指を一生懸命に舐める。そのざりざりとした感触がくすぐったい。

「んにゃあ、にゃうん」
君の甘えるこの声が、一週間仕事を頑張った私にとっての一番のご褒美なのだ。

2/15/2025, 11:50:19 AM

【ありがとう】

あの日はじっとりと全身の毛がまとわりつくような湿度の高い六月だった。
雨が降りそうな気配がしたから、どこかで雨宿りをしようと大きな建物の入り口へと向かった。
ママと離れ離れになってから、どのくらいの時間が経っただろう。もう匂いを感じないので、ずいぶんと遠くへ行ってしまったのかもしれない。
ママがいない寂しさから建物の隅っこで丸くなる。
ママと離れてからというもの、狩りも下手くそなあたしはいつだっておなかを空かせてた。
もう、このまま死んじゃうのかな。
この先だれにも頼れないまま、カラスに突かれるのに怯えながら生きていくくらいだったらそれでもいいのかもしれない。
諦めかけていたその時、建物の中に繋がるドアが開いた。
「えっ! 仔猫!?」
ものすごい勢いで目の前に近づいてきた毛むくじゃらの犬と人間。

食われる!

そりゃあ、このままでは死ぬかもしれないと覚悟をしたばかりだけれど、こんな大きな犬にぱくりと食べられて終わりなんて、あんまりだ。
鋭い牙を剥き出しにして、来るであろう痛みに備えてぎゅっと目を閉じる。
でも、頬に触れたのは想像していた痛みなんかじゃなくて生温かい、ぬるりとした感触。
犬は唾液まみれの舌で何故かあたしを舐め回していた。
「こ、こらっ! こまち! 猫ちゃん、怖がってるでしょ!」
『こまち』と呼ばれた犬は、飼い主である人間に止められてもあたしの体を抱え込んで離さない。
まるで母犬が子犬を守るように。
母犬が子犬を安心させるように、何度もペロペロとあたしの毛づくろいをする。
なんなんだ、この状況は。
「……そんなにその猫ちゃんのことが気に入ったの?」
固まるあたしと、人間の言葉に応えるようにワンッと吠える犬を見比べて、人間が言った。

「ねえ、もし行くとこがないなら……うちに来る?」

それはあたしが、この人とこの犬と家族になるってこと?
硬直したまま視線だけを『こまち』に向けると満足そうに尻尾をブンブンと振っていた。
家族を失ったあたしに、また新しい家族ができる。
あまりにも急な展開にまだ頭は追いつかないけれど、これは『こまち』が結んでくれた大事な縁。
あたしは感謝の気持ちを込めて、おそるおそる『こまち』の鼻先をぺろりと舐めた。

2/13/2025, 11:44:59 AM

【そっと伝えたい】

いつのまにか静まり返った室内をぐるりと見渡すと、お気に入りのベッドで気持ちよさそうに寝ている姿が目に入った。
散々家の中を走り回って、疲れ果てたのだろう。無防備にお腹を天井に向けて脚を広げている。
ホットドッグの形をしたペット用のベッドにすっぽり収まった姿に思わず口元が綻ぶ。
「可愛いなあ」
無意識に呟いたその言葉に、愛猫の耳がピクリと反応した。
名前を呼ぶよりも多いかもしれないその言葉には、どうやら寝ていても反応してしまうらしい。
あんまり言うと起こすかもしれない、と唇を引き締めて。
「可愛い」という代わりに狭い額にキスをした。

2/12/2025, 12:08:54 PM

【未来の記憶】

毎日、ガラス越しに覗き込んでくる人間の顔。
「可愛い」なんて言いながらこのケースに貼られている値札を見ては目の前から去っていく。
別に悲しいとは思わないけれど。
となりのケースに入っている仔たちが次々と貰われていくのを横目で見ながら、今日もまた「可愛い」と言ってくる人間たちの前でのんびりとあくびをする。
「わあ、このこ男の子なんだ」
「良ければ抱っこされますか?」
いつもご飯をくれる人間が、僕の体をひょいっと持ち上げてケースの外へと連れていった。そのまま見たこともない人間に手渡される。
「可愛いねえ。うちの仔になる?」
そう僕に話しかける人間の手は温かくて、ずっとこの手で撫でられたならどんなに幸せだろうと目を閉じた。
その日、ケースに戻された僕は夢を見た。
「また来るね」と言って今日は帰っていった人間が僕を引き取りに来てくれる夢。「今日から君はうちの仔だよ」と笑って、あの温かい手でいっぱい撫でてくれる。
それはきっと遠くない、未来の記憶。

2/11/2025, 11:41:52 AM

【ココロ】

君の心がわかればいいのに。
そう思いながら、アーモンド型の瞳を覗き込む。
当たり前だけどこんな事をしてみても猫の気持ちなんてわかるはずがない。私の愛猫はただ不思議そうに、こてりと首を傾げるばかり。
漫画に出てくるエスパーのように相手の気持ちなんてわからないけれど、鼻を寄せれば君も鼻先をするりと擦りつけてくる。それだけで君と私は同じ気持ちなのだと教えてくれる。
「だいすき」だって。

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