「見知らぬ街」
初めて訪れた街に降り立った時、不思議とその街に既視感を覚えた事は無いだろうか。
物心つかぬ頃だとか、ただ覚えていないだけとか、そんな事は絶対にありえない。
そう言い切れるのに、その街の光景をいつぞやの夢で見た気がした経験が私にはあるのだ。
真偽はわからない。
朧気な夢の欠片を、今見ている風景でツギハギして、夢で見た気になっているだけなのか。
それとも私の前世で訪れた事があるのか。
はたまた寝ている間に幽体離脱でもして、旅行に来たのか。
色々可能性はあるが、私が思うに、当時の私は自分が特別な人間だと思いたい年頃だっただけな気がしてしまう。
「遠雷」
寝室の窓に雨が打ち付ける音に苛立ちながらも、何とか寝付いた一時間後、響いた雷の音で私は飛び起きた。
もう我慢の限界だ。私が何をしたと言うんだ。
ただでさえ明日は月曜日で、憂鬱な気分だというのに。
ぐっすり眠って体調を万全にすることすら許されないのか。
だが、相手は自然現象だ。隣の部屋の騒音とは訳が違う。
怒鳴り込んだところで会話は通じないし、そもそもどこに怒鳴り込めばいいのか。
いくら霊長の頂点に立とうと、人間は自然には無力なのだ。
鳴り止むのを待つか、遠くで響く轟音に慣れるしかない。
文明の利器である耳栓を使う方法もあるが、耳に異物感があるのが気に食わない。
次は壁が厚いシェルターのような物件に住もうか。
いや、やめておこう。家賃がとんでもない額になりそうだ。
数百年後も人類が発展し続けていたら、人類は天候すら操作できるようになっているだろうか。そうなれば便利だろうが、自然に対する情景が失われそうだ。
それは嫌だなあ。
そんな事を考えているうちに、いつの間にか私は眠りについていた。
「Midnight Blue」
草木も眠る丑三つ時、私は鍵をかけて家を出る。
家に帰ってきた時は、まだ人や車が行き交っていた目の前の道も、すっかり静まり返っている。
聞こえてくるのは、虫の鳴く音くらいだ。
夜の小さなオーケストラに耳を傾けながら、私は真夜中の暗闇の中、一歩一歩足を進める。
真っ暗ではあるが、所々に街灯があり、街のある方角の空は、薄ら明かりを放っている。
真夜中の暗闇を想起させる色を、ミッドナイトブルーというらしい。
完全な真っ暗闇ではなく、淡い青色を含んだ黒に近い色だそうだ。
きっと今の私の心境を色で表すと、そんな感じの色になる気がする。
生きる希望を無くすまで絶望してはいないが、決して未来に希望を抱いてるわけでもない。
黒に染まりきる勇気は無く、光り輝くには程遠い。中途半端であるが、中の中ではなく下の中。
それが今の私だ。
今もこうしてトラブルで会社に呼び出され、久しぶりに帰宅した我が家を、三時間で出ることになった。
まあ、別に構わない。家にいても寝る以外にやる事は無い。
私は今何をしているのだろうか。
最後に前向きに考えて行動したのはいつだったか。
最後に気持ちが踊ったのはいつだったか。
もう気持ちが沈んでいる自覚も無くなってきた。
この状態が通常だから。
だが、私の辛うじて残ってる淡い青色の部分が叫んでいるんだ。
だれか、私を暗闇から連れ出してと。
「君と飛び立つ」
君とならどこまでも飛べる。
あの蒼い穹のそのまた向こうまで。
どこまでも。いつまでも。
あなたと私は対を成す翼。
共に飛んでいこう。いつか来る終わりの時まで。
そして何度でも巡り会おう、存在と無を超えた祝福の彼方で。
「きっと忘れない」
あなたを忘れない。
幼稚園で初めてできた友達であるあなたを忘れない。
毎日のように遊んでいたけれど、小学三年生の時に引っ越してしまったあなたを忘れない。
初めて好きになったあなたを忘れない。
中学が離れてしまったあなたを忘れない。
部活で競い合ったあなたを忘れない。
初めてできた恋人のあなたを忘れない。
過去の私と関わり、今の私を形作ってくれているあなた達を忘れない。
時間があなた達の声を、姿を忘れさせたとしても、私という存在がある限り、あなた達を忘れない。