しくしくと誰かが泣いている。
地面に座り込み、背中を丸め、顔を俯けている誰かが見えた。
その人の姿を見ていたら、いてもたってもいられなくなって、私は駆け寄る。
丸まった背中に柔らかく手を置いて、私もその人の隣にしゃがみ込んだ。
「どうしたの?」
私がそう尋ねても相手は顔を上げない。しゃくり上げ、嗚咽を漏らし、涙に濡れ続けている。
そのうち吐息のような小さな声がこぼれた。
私はそっとその声に耳を澄ます。
「怖いの」
詰まるような声音で、ただそれだけが聞こえた。
私は泣き続ける背中を何度も摩る。
「大丈夫だよ」
私の声に相手が反応して顔を上げた。目を赤く腫らしたその表情を見て、私はああと納得する。
「でも、怖いのが止まらないの」
「なら、そのままの貴方でいいよ。大丈夫、絶対に大丈夫だから」
私はニコリと微笑みかける。相手は驚いたのか目を丸くさせていた。
「どうしてそんなことが分かるの?」
「だって貴方は私だから」
私は彼女を抱き締める。包み込むようにぎゅっと、その震える肩を守るように。
「貴方の怖さも寂しさも、全部私のものだから」
だから帰って来て。
「もう私は大丈夫だから」
【声が聞こえる】
穏やかな風が吹き抜ける。
隣を歩く彼女が心地好さそうに、長い髪を揺らしていた。
過ぎ去って行く夏の空気に、僕は少しだけ後悔している。
たくさんあった夏の思い出の中、僕は彼女と多くの時間を共有した。あんなにも一緒にいて、二人きりになる一時だってあったはずなのに、僕は未だこの胸にしまう気持ちを取り出せないままだ。
夏の暑さに浮かれれば、その勢いで言えるかもなんて、淡い期待までしていたのに。僕の意気地の無さは予想以上だったらしい。
「もうすぐ秋だねぇ」
柔らかに口元を綻ばせた彼女が、嬉しそうに言う。
「別に夏は夏で嫌いじなかったけど、私、秋って好きだなぁ」
「まあ、気温も過ごしやすくなるしね」
「ほら、秋って景色が色付く季節でしょ? だから、すごくいいなって思うの」
彼女は何故だか首だけを僕の方に向けて、嬉しそうにはにかんだ。
「きっと綺麗で楽しいよ」
そう告げた彼女の笑顔が、まるでスロモーションのようにゆっくりになって、僕の瞳に焼き付く。
ああ、まいったなぁと、内心で溜息をつきながら、僕は表情に出さないよう何とか耐えた。
秋の涼しさに当てられても、自分の中に燻る熱までは冷めないようだ。
そんな自覚を改めてしてしまえば、僕の心は早くも鮮やかに色付き始めていた。
【秋恋】
ありがとう
捨ててしまいたいと思っていた僕の人生に
君が現れてくれたおかげで
君が寄り添ってくれたおかげで
僕は初めて僕の人生を
大事にしたいと思ったよ
【大事にしたい】
ふと鏡を見ると、老けたなーって思う。
毎日の忙しさに追われ、自分を顧みる余裕などない。
けど、ふと何気なく気を抜くと。
そこにいる自分の。
昔とは違う顔つきに愕然とする。
ああ、もう。頼むから。
時間よ止まれ。
そして何にもしなくていい長い休息日を私にくれ。
そんなことを日々夢見ることもある。
でも、いいよね。
夢見たってさ。
夢見る時くらい、時間が止まったような錯覚にとらわれても。
それくらいは、大目にみてほしい。
だってこんなに、頑張ってるんだから。
【時間よ止まれ】
今まで色々な景色の中に僕はいたことがあったけど。
君が隣に居た時に見た何の変哲も無い夜の街の風景が。
何故か一番思い出す回数が多いんだ。
【夜景】