穏やかな風が吹き抜ける。
隣を歩く彼女が心地好さそうに、長い髪を揺らしていた。
過ぎ去って行く夏の空気に、僕は少しだけ後悔している。
たくさんあった夏の思い出の中、僕は彼女と多くの時間を共有した。あんなにも一緒にいて、二人きりになる一時だってあったはずなのに、僕は未だこの胸にしまう気持ちを取り出せないままだ。
夏の暑さに浮かれれば、その勢いで言えるかもなんて、淡い期待までしていたのに。僕の意気地の無さは予想以上だったらしい。
「もうすぐ秋だねぇ」
柔らかに口元を綻ばせた彼女が、嬉しそうに言う。
「別に夏は夏で嫌いじなかったけど、私、秋って好きだなぁ」
「まあ、気温も過ごしやすくなるしね」
「ほら、秋って景色が色付く季節でしょ? だから、すごくいいなって思うの」
彼女は何故だか首だけを僕の方に向けて、嬉しそうにはにかんだ。
「きっと綺麗で楽しいよ」
そう告げた彼女の笑顔が、まるでスロモーションのようにゆっくりになって、僕の瞳に焼き付く。
ああ、まいったなぁと、内心で溜息をつきながら、僕は表情に出さないよう何とか耐えた。
秋の涼しさに当てられても、自分の中に燻る熱までは冷めないようだ。
そんな自覚を改めてしてしまえば、僕の心は早くも鮮やかに色付き始めていた。
【秋恋】
9/22/2023, 9:10:37 AM