遙かなる大地を明るく照らす太陽にも、時には休息が必要だ。
厚い雲の影に隠れてひとやすみしたり。
地上を濡らす雨の日と交代しては、ひそかな休日を送ったり。
と、まあ、色々とね。
だから、ほら。
太陽だって、時には休むのだから。
毎日毎日頑張らなくたって、何とかなるものなのだよ。
だから、さ。
君も思いっきり、休んだっていいんだよ。
【太陽】
鐘の音が鳴り響くと、街には朝が来る。
そしてその鐘を鳴らすのが、僕の祖父の仕事だった。
祖父は街に住む誰よりも早く起き、毎朝一番に鐘を鳴らす。そうすると眠っていたはずの街が動き出し、明るい活気に満ち溢れる。
祖父はその光景を鐘がある塔の天辺から見下ろすのが好きだった。
そして僕も、祖父の傍らでその光景を眺めるのが大好きだった。
まるで街が息を吹き返したようで。
それを生み出す祖父が誇らしかった。
「ねぇ、じいちゃん。じいちゃんはどうしてこの仕事をしてるの?」
小さかった頃の僕は、ある日そんな質問をしてみたことがある。祖父は「んー?」と、少しだけ思考しながら、「なんでだろうなぁ」と、呑気な様子で呟いていた。
「気付いたらこの仕事をしてたからなぁ。けど、ほとんどの人がそんなもんだろう。でもなぁ、俺は思うようになったんだ。きっとこうして続けてこれったってことが、どうしてこの仕事についたかの答えなんだろうよ」
小さかった頃の僕には、祖父の言ったことの意味がよく分からなかったけれど、あの時の祖父がとても穏やかに笑ったことだけは覚えている。
あれから技術が発達し、鐘は人の手で鳴らさなくてもよくなって、祖父がやっていた仕事は必要なくなってしまったけれど、僕はあの日に聞いた祖父の言葉の意味を今でも探している。
さて、そろそろ僕は仕事に向かおうか。
いつか出会うかもしれない、僕だけの答えを求めて。
【鐘の音】
つまらないことはやらなくていいや。
そんなふうに考えて、その日から楽しいことだけをすることにした。毎日毎日楽しいことばかりをしていたら、ある日、していたこと全てがつまらなくなった。
どうしてだろう。考えても考えても分からない。
分からないから今度は今までつまらないと思ってしなかったことをすることにした。
そうしたら、つまらないことをどうしたら面白くて楽しいものにできるかを考えるようになった。
以前はあんなにもつまらなかったものが、自分の頭で考えて工夫して、そして自分の手で新しく生まれ変わらせていったら、以前のつまらないものは、もうつまらないものではなくなった。
つまらないことでも、こんなにたくさんの可能性を持っていたのか。
そう気付いたらもう世界が丸ごと楽しさで溢れてきてワクワクした。
【つまらないことでも】
「安心して。貴方が目が覚めるまでにはきちんと終わらせておくから」
明るく笑う彼女が小さく首を傾げた。
僕は先程から遠退いていく意識の中で、「何を・・・・・・?」と、辛うじてそれだけを質問する。
「大掃除」
そう言って彼女は僕に背を向ける。僕はフカフカのベッドに横たわりながら、何だ、ただの掃除か。それなら僕も手伝うのに。と、考えが過る。
でもさっき彼女が淹れてくれたハーブティーの効果が良かったのか、僕はいま抗えないほどの眠気に襲われていた。もう瞼が重くて開けられそうになくて、何だか僕ばかり楽して悪いなと思っていたら、「おやすみ、ご主人様」と優しい声が鼓膜に届く。
情けないなと思いつつ、僕は彼女の厚意に甘えることにする。目覚めたときに屋敷がピカピカになっていたら、目一杯に彼女を称賛してあげよう。そう計画しながら、僕はそのまま意識を手放した。
【目が覚めるまでに】
病室の片隅にあるベッドの上。
そこから外の風景を窓辺から眺める君の顔を遠くから見つめる僕は。
その大きな瞳にさざ波のように揺蕩う感情をはかり知れずに。
またこの胸の鼓動が逸る意味も知らぬままに。
この白い空間に囚われ続けている。
【病室】