小学生くらいの頃だった。
友達と遊びに来ていた遊園地で、お気に入りのキーホルダーをなくしてしまったのだ。鞄につけていたはずの物が、いつの間にか飾りの部分だけが外れ落ちていて、慌ててもと来た道を引き返し、注意深く地面に目を凝らしたが見つからない。
もうダメかもと、そう諦め掛けていた時、ふいに視界の端から大きな手が覗いた。見上げるとそこにいたのは中学生くらいの少年で、彼が差し出した手の上には、自分がなくしたキーホルダーの飾りがちょこんと乗っていた。
「もしかして、これ探してるの?」
私が目を丸くしたまま頷くと、少年は「そっか、良かった」と微笑んで、そのキーホルダーを私の手に握らせてくれたのだ。
──あの時の私は少年にお礼のひとつも言えなかったけれど。いま彼はどこでどうしているのだろう。そんな遠い日のことをふと考えていると、ソファーに座っていた私の手を、隣から伸びてきた手に柔らかく握られる。
「どうかしたの? ぼーっとしちゃって」
「ううん、何でもないの。ちょっと昔に行った遊園地のこと思い出しちゃって」
「ああ! もしかして、これで?」
そう言った彼の視線の先にはカラフルな旅行雑誌があり、ちょうど特集ページの『おすすめの遊園地7選』が広げられていた。
「なんか、懐かしいなと思って」
「そっか。俺も乗り物とか好きでよく行ったなぁ」
あの頃にはもう戻れないし、あの頃に感じた思いをもう一度思い出そうとしても、もう手の届かない場所にあるのだけれど。
「それじゃあ今度の休みは遊園地にでも行こっか」
そう無邪気にはにかんだ彼は、私よりも年上であるはずなのにどこか子供っぽかった。私が「うん、そうしよう」と同意すると、彼の手が私の手を握り返す。何故だか遠い記憶に重なるように、懐かしさが込み上げてきた。
【遠い日の記憶】
明日の天気は晴れるかな。
空を見上げて真っ先に思う。
明日が晴れれば良い気分。
曇りだとまあまあ。
雨だとちょっと憂鬱かな。
小雨くらいなら、いいんだけれど。
突然、ポケットに入れてあったスマホが鳴った。画面を見てみると彼からだった。
「はい、もしもし」
「ねぇ、いま何してた?」
「ベランダに出て空見てた」
闇色を視界に入れながらそう言うと、「俺も」と言葉が返ってくる。
「明日会うの楽しみだね」
私がそう返事をすれば。
「駅まで迎えに行くよ」と、彼が申し出てくれたので。
この空の向こうにいて、いま同じ空を眺めているだろう彼へ、「早く会いたいな」と告げた。
【空を見上げて心に浮かんだこと】
見果てぬ夢を抱くのは、もう終わりにしようと思う。
子供の頃は自分は何者にもなれるんだって、希望に胸を踊らせていたけれど。
実際はそんなことなどなくて。
ただただ平凡な、何気ない毎日を送っているばかりだ。
「今日はね、いっぱい外で遊んで楽しかったよ!」
けれど僕には、満面の笑顔の娘から聞かされる、彼女の夢の詰まったたくさんの日常があるから。
「今度はパパも一緒に遊ぼうね!」
終わりにした夢の続きは、思ってもみなかった形となって、また始まっていく
【終わりにしよう】
隣の人と手を繋ぐ。
その次の人がまた隣の人と手を繋ぐ。
そうしてその次の人も、その次の人も続いていき、何人も何人も隣の人と手を繋いでいく。
途中、どうしてもそりが合わなくて、互いに手を繋ぐことを拒否する人達が現れた。
それぞれの主張がぶつかり合い、どちらも一歩も引かないままだ。それに気付いた誰かが繋がっていた列から離れ、喧嘩をしている者同士の間に入る。
どうしたんだい? そんなに怒鳴り合って。
ああ、なるほど。君はこうしたいと思うのだけど、君は君で譲れない部分があるんだね。
仲裁者を挟んだ議論は続いた。いつの間にか手を繋ぎ合っていた全ての人達を巻き込んで、話し合いは広がっていった。
いったいどれくらいの時間を費やしたのだろう。果てしなく長い時間が過ぎていた。
けれどとうとう最後には、あんなに諍い合っていた者達が互いに納得しあい握手を交わした。
それはきっと、争う二人だけではどうにもできず、また仲裁を一番始めに買って出た彼だけではなし得ないものだった。
そうしてまた、隣の人と手を繋ぐ。
そしていつか、大きな輪になって。
世界がひとつになればいい。
【手を取り合って】
表裏一体なんだよ。
優越感も劣等感も、簡単に入れ替わる。
それってさ、すごく苦しいんだよね。
だって真逆な感情じゃん?
それがちょっとのことで表に出たり裏に返ったりするなんて、どれだけ心乱されてんだろうって思う。
ぶっちゃけ、疲れるよね。
そうは分かっていても、誰かと比べることをやめられない。
比べるのは昨日の自分と今日の自分だよって、よく言われるけどさ。
昨日の自分も今日の自分も嫌いなんだよ。
比べたっていいところが見つからないんだよ。
優越感も劣等感も、抱き続けるのは苦しいけどさ。
その苦しさの中でしか吐き出せない醜いものが、たまにあるから捨てられないんだよ。
【優越感、劣等感】