息子が迷子になった。
繋いでいたはずの手からいつの間にか離れ、気付けば姿が見当たらない。慌てて僕は辺りを見回す。
今日は近所のお祭りで、屋台も並ぶことから気晴らしがてら行ってみようということになり、先月6歳になったばかりの息子と一緒に、こうしてやって来たわけなのだけれども。
まだ人が多くならない時間帯だからと油断していた。僕はとりあえず、元来た道を戻ってみる。人ごみの間を縫うように歩き、キョロキョロと我が子の特徴を思い出しながら周囲を確認する。
だんだんと焦りが募ってきた。このまま見付からなければ役員のテントに行って応援を頼もうか。そんな考えが頭に過り始めた時──。
「パパ!」
後ろから大きな声が響いた。振り返るとあんなに探して見付からなかった息子が、道の真ん中に堂々と立っている。
「パパ、見つけたぁ~」
どんっと突進する勢いで、息子が僕の腰に抱きついてきた。
「どこにいたの? 探したんだよ」
息子を受け止めると、見付かった安堵からほっと肩が下がった。息子の目線と合わせるように膝を曲げてしゃがむ。
「あれ? これどうしたの?」
よく見れば息子の手から水の揺蕩う透明なビニール袋が吊り下がっていた。水の中には小さな赤い金魚が一匹、尾ひれをゆらゆらとなびかせながら泳いでいる。
「もらった」
「屋体の人に?」
「ううん、狐のお面を被ったお兄ちゃん」
お兄ちゃんがこの金魚について行けばパパのところに帰れるって教えてくれたんだ。
そう言ってどこか誇らしげな様子で満面な笑みを作った息子は、何故だか少しだけ頼もしくなったように見えた。
どうやら僕の知らない冒険へ一人で旅立っていたらしい。僕は息子の笑顔を遠い日の自分に重ね合わせる。狐のお面の彼も元気そうだと知って、自分が子供だった頃の懐かしさと、あの頃の感情を思い出した嬉しさで、息子をぎゅっと抱き締めた。
【子供の頃は】
箸が転がるだけで笑える年頃なんてことを言うらしいけれど、さすがに箸が転がっただけでは笑わないし、笑う前に普通に拾うと思う。
ただ誰かと食事をしていて、ついそれが楽しくて、うっかり手を滑らせては持っていた箸を落とすことくらいはあるだろう。
もしそんなうっかりで箸を転がしても。
それさえも楽しく感じてしまうような誰かと一緒に、食べれるご飯があるならば。
そんな毎日が当たり前にあるならば。
そんな当たり前に満ち足りた日々を、誰もが持ちえるものになれればいいのに。
【日常】
「私の好きな色は何でしょう?」
目の前の彼女からそんな質問を向けられる。
「どうせその日の気分で毎回変わるんだろ」
彼女の性格をよく知っている俺は、この答えを導き出せないだろう不毛な問いかけに、さっさと終止符を打つ。
「君の答えは当たっているけど、正解じゃあないよ」
謎を深めて返ってきた返しに、俺は首を捻った。彼女がふいに微笑む。
「ちなみに今日の私の好きな色は青だよ」
青と聞いて、俺は幾つか考えを巡らした。
確か朝テレビでやっていた星座占いが、彼女の今日のラッキーカラーは青と示していたような・・・・・・?
「それとも、お前が昨日の放課後に買っていたノートが青系だったから? もしやお前が今ハマっている漫画のキャラクターの名前が青山だからか? いや、それか・・・・・・」
「・・・・・・。君はずいぶんと私のことを見てるのに、自分のことには超がつくほど鈍感なんだね」
彼女の言葉に俺は訝しげに眉を寄せる。彼女は「正解に辿り着くにはしばらくかかりそうだから、さっさと学校に行こう」と、俺の左手を取り歩き出す。
俺は先へ行く彼女に手を引かれながら、思考の続きに没頭していたせいで、俺の左手首に巻かれた青色の腕時計を見た彼女が、至極可愛らしく笑ったところを見逃した。
【好きな色】
あなたをこの目に映す時だけ
私は私のままでいられる
あなたの目に私は映らなくていいの
ただ夢に向かって全力で
輝いているあなたが好き
あなたがいたから私は
誰かを応援することが
自分も応援することになるって知った
仕事も
普段の生活も
より良くしようって思える
あなたのおかげだよ
ありがとう
この世に生まれてきてくれて
私の世界を鮮やかに色付けてくれて
本当に─────
推し活ってサイコーだよね☆☆☆
【あなたがいたから】
雨音に閉じ込められた世界で、君とひとつの傘を分け合った。
傘の柄を握る僕の手の、すぐ真横には君の気配。
かつてないほどの近い距離感に、うるさいほどの心音が雨音と混ざる。
君側に傾けた傘の端から僕の肩へと落ちる雫が、籠もる熱ですぐに蒸発してしまうようだった。
湿気が肌に貼り付いて、こんなにも暑くて、心臓だって張り裂けそうなのに、帰り道が終わらないことを願っている。
息苦しい幸せに満ちる傘の下。
僕は話し出すきっかけを模索中。
【相合傘】