目の前には真っ白な画面。棒線状のカーソルだけが虚しく明滅している。
俺はかれこれ数時間、開いたノートパソコンと向かい合っては頭を悩ませていた。
あーでもない。こうでもない。
キーボードにとりあえず指を滑らせてみるが、せっかく打ち込んだものをまた消すという作業の繰り返しだった。
いっこうに進まない作業のなか、突然傍らに置いてあったスマホのバイブが震える。
「・・・・・・」
ディスプレイには見知った番号が表示されている。無視を決め込もうとも思ったが、電話に出るまで鳴り続けるだろうバイブ音に、渋々ながら応答することにした。
「はい」
「よぉーっ、どうせ暇してんだろ。今からリモート飲みやろうぜ」
「今は忙しいし、酒の買い置きもないので却下」
端的に答えを述べて通話を切ろうとする。
「ちょい待ちーっ! 俺は暇なんだよ。付き合ってくれよぉ」と、可愛くもない泣き言が漏れ出てきたので、画面に触れようとした寸でのところで親指が止まる。
「・・・・・・今は無理」
「じゃあ、顔見えなくていいから、このまま繋いでおいてくれ。俺がひとりで酒飲みなが喋るから」
「いや、気が散るし」
「頼むよぉ。もういっそのことお前が大丈夫になるまで、ずっと黙っててやるからさ」
「気持ち悪いわっ。そんな状態になるくらいならいっそ切れよ!」
しつこく食い下がる友人に深々とした溜息をついてから、「わかったから。付き合ってやるから。とりあえず一時間後くらいにまた連絡してくれ」と、とうとう俺は折れた。
「よっしゃぁ! 一時間後だな」
俺の了承に気を良くしたらしい友人は、うざったらしい熱量で、「じゃあ、よろしく!」と快活な様子で通話を終えようとする。
「あ、そうだ!」
しかし友人は何を思ったか、そこでふと声を上げた。
「完成したお前の作品は、俺に一番に読ませてくれよな」
俺は目を丸くする。
どうして分かったんだ、こいつ。
「なんでお前・・・・・・、俺が書いてるって、知って・・・・・・」
「え? だって家に居られる時間があったら、お前がすることってそれくらいだろ?」
いや、まあ、そうだけど。
「俺はこういう時、何していいかわかんねぇからさ。楽しみにしてるな!」
「・・・・・・いや、まだ書けるかわかんねーし」
「そうなったら、俺の暇つぶしに付き合えよ」
今日みたいに。
俺はいつだって空いてるぜ。お前のためなら尚更な。
なんて、最後は決め台詞みたいな感じで締めた友人は、あっさり通話を切った。
俺は静かになったスマホをズボンのポケットにしまい、向かい側のノートパソコンを閉じて立ち上がる。
とりあえず近くのコンビニで、酒とつまみを買ってくるか。
【おうち時間でやりたいこと】
ぎゅって抱き締めて。
お母さんにそうお願いしたら、僕のことをそのあたたかな腕の中に抱き寄せて、僕が満足するまで離さないでいてくれた。
頭を何度も撫でてくれたし、大好きだよって何回も言ってくれた。
柔らかなお母さんの感触に包まれていると、ずっとそうしていたくなる。
でも僕は意を決して顔を上げ、お母さんの腕の中から離れた。
「もう、大丈夫」
もう僕は充分にお母さんを堪能したから。
「次は産まれてくるこの子を、ぎゅってしてあげてね」
そう言ってお母さんの大きなお腹をさする。
本当はもっと子供のままでいたかったけど。
でも、お兄ちゃんになれることも楽しみだから。
僕は子供のままをやめて、一歩大人になった。
【子供のままで】
狂おしいほどの咆哮が、自分の内側から迸る。
手のひらを伝う温い赤色が、止めどなく溢れでるたびに、抱き寄せる彼女の身体から、あの柔い温度が失われていくのが分かった。
ああ、どうして、俺は。
こんなふうになってからしか気付けなかったのだろうか。
身を裂くほどに湧き上がるこの衝動が、優しい彼女が俺に教えてくれた、愛というものならば。
いっそのことこのまま。
声が枯れ果てるまで叫び抜いて。
冷たくなっていく彼女と一緒に。
消え失せていってくれればいいのに。
【愛を叫ぶ。】
視界の端に
白い君が
ふわりと舞う姿を見付けた
ああ
なんていい春だろう
【モンシロチョウ】
いつまでも。
忘れられない想い出ばかりを与えて。
私を置いていってしまった、あなた。
ああ、なんて残酷で。なんて無慈悲なの。
あなたの優しそうな笑顔ばかりが脳裏に浮かぶ。
忘れられないほど、たくさん貴方が私に笑いかけてくれたせいで。
まるで呪いみたいに。
いつまでもあなたが私を蝕んでいってるの。
【忘れられない、いつまでも。】