周囲からのアドバイス
自分が熟考した上で出した結論
諸々の思考や反射神経
生存本能など
こういった様々ある僕を動かす原動力の中で
心という僕にとっていちばん不可解な部分が
いちばん躊躇わずに動いた瞬間は
僕にとって何にも代え難い結果を生み出す
反省することはもちろんあるかもしれませんが
後悔はありません
【刹那】
「ちょいと、そこのお兄さん!」
ある日、僕は威勢のいい声に後ろから呼び止められた。
振り返るとそこにフードを目深にかぶって片手に木の杖をついたお婆さんが立っていた。
僕は両目をぱちくりとさせたあと目を擦る。
まるで絵本にでも出てくる年老いた魔女みたいな格好をしていたから、いっしゅん目を疑ってしまったのだ。
「・・・・・・何をそんな呆けた顔をしてんだい」
「あ・・・・・・、いえ、ちょっと目眩が」
「若いくせに情けないこと言ってんじゃないよ」
腰が曲がった小柄なお婆さんは、それでも声と態度だけは喧しく、覇気のない返事をした僕を、「フンッ!」と荒い鼻息を鳴らしながら鋭く睨めつけた。
「あの、それで・・・・・・、僕に何かご用ですか?」
「あんたにちょっくら頼みたいことがあってね」
「はい?」
何だろう。僕にできることなんて、たかがしれていると思うんだけど。
「ほれっ!」
お婆さんは僕に片手におさまるくらいの小さな巾着袋を差し出した。僕は訳も分からずそれを受け取る。
「・・・・・・あの、これは?」
「私が育てた花の種だ」
お婆さんは堂々と言い放つ。
「えっと、これを僕にどうしろと?」
「あんたがここぞと思った場所に蒔いてほしい」
僕は訳が分からなかった。
「どうして僕なんかに?」
お婆さんは持っていた杖をトンと地面に打ち付ける。
「何となくだよ。強いて言えばこの辺りであんたがいちばん生き方に迷ってるみたいだったからさ」
僕は口をぽかんと丸くする。僕の心情を知ってか知らずかお婆さんは続けた。
「種を蒔くっていう目的がひとつできれば、少しは迷いも晴れるかと思ってね」
お婆さんはニッと唇を上げながら、「じゃあ頼んだよ」と手だけを振って、くるりと踵を返した。
僕はそんな豪快な老婆の勇ましい足取りを見送りながら、この種はどんな花が咲くんだろうとふと想像した。
【生きる意味】
絶対的な悪はあると思うよ
例えば誰かの生命を踏み躙るような行為とか
どんな理由があろうとも
例えば自分の生命や自分の大切な人の生命を踏み躙られたとしても
同じ行為をやり返していいって理由にはならないと思うんだ
だってその理由が成り立ってしまったら
もう人の社会自体が成り立たなくなる気がする
じゃあ絶対的な善ってあるんだろうか
例えば誰かの生命を救うとか
例えば誰かの心の安寧を取り戻すとか
それらは確かに善いことだと思うけど
僕は善いことってすぐには結果が出ないことなんじゃないかと思うんだ
自分はその人を助けたと思っても
自分はその人に優しくできたと思っても
その人もその時は助かったと思っても
優しくしてもらったと思っても
人の気持ちってすぐに移り変わるから
またすぐに落ち込むかもしれない
その時してもらった優しさを素直に受け入れられなくて
逆に嫉妬してしまうことだってあるかもしれない
だって人の心って難しいし
でもできるなら簡単に染まりやすい悪に流れるよりも
困難で大変で割に合わない善を
それでも信じてやり続けられるような
そんなふうになれたなら
そんなふうな人が増えたなら
少しは人々の悲しみが減ってくれるんじゃないだろうか
なんてことを偉そうに述べてみたけれど
僕自身だってまだ
善悪とは何かを未だ問い続けている
【善悪】
夜空を駆ける流れ星は
あっという間に消えていく
僕の願いを託そうにも
考えているうちに行ってしまうから
まずは自分がどうしたいかをきちんと決めて
行動に移すことにした
そうしてある夜
忙しない星のひとつに僕の決意を述べた
そうしたらその星は
輝かしい笑顔を僕に向けて
君は願いを叶えたねとそう言った
僕がその意味が分からず首を傾げると
今に分かるよ
まずは心のままに生きてごらんと告げられる
迷いなく流れ星を引き止められるほど
強く決意した想いなら
絶対に大丈夫だから
【流れ星に願いを】
僕らの街は高い壁に囲まれている。
それは僕が生まれた時からそこにあった。
この壁の向こうに何があるのか僕は知らない。知りたいとも思っていなかった。
だって知らないままでも、別に不自由なことなどなかった。だから、考えにも及ばなかったのだ。
ある日、街の子供がひとり、壁を越えて外へ出て行ってしまった。そんなこと初めてだったから僕は驚いた。
その子供は僕より年上で、僕も顔くらいは見たことのある子だった。誰か大人が連れ戻しに行くんだろうなと漠然と考えていたけれど、その子はとうとう街へ帰って来なかった。
どうしてだろう。僕には分からなかった。
だって、誰もその子を探しに行かなかったのだ。
外は危険かもしれないのに。
もしかしたらその子は何か事情があって戻れなくなっていて、ひとりで困っているかもしれないのに。
僕はとうとうたまらなくなって聞いてみた。
どうして誰もその子を迎えに行ってあげないのと。
僕の疑問に街の大人達は、だってあの子は自分からこの街を出ていったんだ、それを止める権利は私達にはないよ、と、そう言った。
大人達は口を揃えて僕に教える。
街を出るのはいつだって自由だ。嫌なら出ていったって誰も文句は言わない。その代わり何があっても、もうこの街には戻れない。それがルールなんだよ。
ここはルールという壁にずっと守られているんだ。だから私達は安心して日々を過ごせているんだよ、と。
なるほど。
そうだったのか。
僕はやっとこの壁の意味を理解した。
ルールとは忠実な者には常に優しくて、逸脱した者にはただ無関心なんだと。
だから僕らは何も考えずに、規律に縛られる楽を好むのかと。
【ルール】