「ちょいと、そこのお兄さん!」
ある日、僕は威勢のいい声に後ろから呼び止められた。
振り返るとそこにフードを目深にかぶって片手に木の杖をついたお婆さんが立っていた。
僕は両目をぱちくりとさせたあと目を擦る。
まるで絵本にでも出てくる年老いた魔女みたいな格好をしていたから、いっしゅん目を疑ってしまったのだ。
「・・・・・・何をそんな呆けた顔をしてんだい」
「あ・・・・・・、いえ、ちょっと目眩が」
「若いくせに情けないこと言ってんじゃないよ」
腰が曲がった小柄なお婆さんは、それでも声と態度だけは喧しく、覇気のない返事をした僕を、「フンッ!」と荒い鼻息を鳴らしながら鋭く睨めつけた。
「あの、それで・・・・・・、僕に何かご用ですか?」
「あんたにちょっくら頼みたいことがあってね」
「はい?」
何だろう。僕にできることなんて、たかがしれていると思うんだけど。
「ほれっ!」
お婆さんは僕に片手におさまるくらいの小さな巾着袋を差し出した。僕は訳も分からずそれを受け取る。
「・・・・・・あの、これは?」
「私が育てた花の種だ」
お婆さんは堂々と言い放つ。
「えっと、これを僕にどうしろと?」
「あんたがここぞと思った場所に蒔いてほしい」
僕は訳が分からなかった。
「どうして僕なんかに?」
お婆さんは持っていた杖をトンと地面に打ち付ける。
「何となくだよ。強いて言えばこの辺りであんたがいちばん生き方に迷ってるみたいだったからさ」
僕は口をぽかんと丸くする。僕の心情を知ってか知らずかお婆さんは続けた。
「種を蒔くっていう目的がひとつできれば、少しは迷いも晴れるかと思ってね」
お婆さんはニッと唇を上げながら、「じゃあ頼んだよ」と手だけを振って、くるりと踵を返した。
僕はそんな豪快な老婆の勇ましい足取りを見送りながら、この種はどんな花が咲くんだろうとふと想像した。
【生きる意味】
4/28/2023, 5:46:30 AM