本日はあいにくの朝からどんよりとした曇り空。鬱々とした灰色の厚い雲が、僕らの頭上を覆っていた。
そうして僕はとなりを歩く彼女を見遣る。
何だか雨が降りそうだねと、軽い調子で語り掛けてきた彼女の控えめな笑顔に向けて問い掛ける。
「昨日、何かあった?」
彼女の口端がぴくりと、一瞬だけ引き攣る。
僕はそれに敢えて気付かないふりをして空を見上げる。
「別に言いたくなければいいんだけど、もし誰かに話して楽になるなら、僕で良ければ聞くよ」
そう言った途端、となりから「うん……」と小さな返事が返され、すぐ後に鼻を啜るような音が聞こえる。
ぽつり、ぽつり、と。僕の鼻先に水滴が当たった。となりに視線を戻すと彼女の目から大粒の涙がこぼれ落ちていて、僕は急いで小脇に抱えていた傘を開いて、彼女と僕の頭上に翳す。
「何でわかったの?」
「ん?」
「何で私が今日落ち込んでるってわかったの?」
彼女は泣きながら僕に問い掛ける。
「だって君は分かりやすいから」
僕がそう答えると。
「そんなこと言うの君だけだよ」
と彼女はまた鼻を啜る。
私隠すの上手いはずなのに、どうして君には通じないのかな。
そんな独り言を呟いた彼女のとなりで、僕は今日の天気を予測する。
たぶん大粒の雨が降った後、それが嘘だったみたいにからりと晴れるだろう。
彼女の心模様と天気が連動していると気付いたのは、彼女と付き合うようになってしばらく経ってからのこと。本人すらも知らないこの秘密を僕は今のところ誰にも明かさずに楽しんでいる。
いや、僕以外の誰かになんて、絶対に教える気なんかないけどね。
【今日の心模様】
「いいか。よく聞けお前ら!」
メガホンを片手に高台に登ったその男は、高らかに叫ぶ。
「この戦いに勝つための手段なら何でもやれ、何でも利用しろ。仲間の命を守り、敵を倒すためならば、どんな汚いことをしても俺が許す」
軍服を身に纏い、一糸乱れぬ整列を組んだ部下達に向かい、男はさらに声に力を込めた。
「世間が何と言おうが、上のお偉いさんがどう命令してこようが、俺はお前らの命が何より大事だ。規律なんてクソくらえ。戦場に出ないで吠えるだけの犬のことなど気にするな」
男はそこでいったん言葉を切ると、すうっと息を吸い込んだ。
「お前らのすることは、俺が全て肯定してやる。外の人間がたとえそのやり方を間違いだと否定してきても、俺が全て信じてやる。だから──」
──絶対に全員生きて帰ってこい。
男がそう告げた瞬間、あちこちから拳が天高く突き上げられ、力強い咆哮が迸った。
【たとえ間違いだったとしても】
お前らが命を散らすことほど、間違いなことなんてないのだから。
ぽたり。
ぽたり。
ぽたり。
ぽたり。
小さな雫が水面に落ちる。
ぽたり。
ぽたり。
ぽたり。
ぽたり。
私はそのゆっくりと落下していく様をじいっと眺めながら。
いいなぁと、羨ましく思う。
最初は小さな小さな水滴でしかなかったはずの雫が、今は寄り集まって大きな大きな水溜まりを形作っている。
私もこんなふうに。
自分の一部を切り離してでもいいから。
何か大きなものの一部になりたかった。
だってそうであったなら。
こんなに寂しくて虚しい気持ちに捕らわれて。
泣くことなんて、なかったはずだもの。
【雫】
もう何もいらないわ。
そう言った彼女の周りには絢爛豪華な品々の数々が所狭しと並べられていた。
高級な調度品。
きらびやかなドレスにアクセサリー。
美味しいお菓子やジュースに、愛玩用の子犬や子猫まで。
あらゆる物が彼女のために用意された。
あらゆる物が彼女の望みのままにあった。
それなのに。
だって、何を並べてもつまらないんだもの。
何もいらなくなるほど満たされても。
彼女の欲は満足しない。
【何もいらない】
もしも未来を見れるなら。
私はまず未来を見るかどうかの葛藤をするだろう。
もし見ない選択をしたならば、私は何が起こるか分からない未来をただ受け入れて、その時その時を頑張りながら生きていくことになるだろう。
そして仮に見る選択をしたならば、そこには未来を見た私が誕生し、知ってしまった未来が受け入れられなければ、それを変えようと努力するかもしれない。
けれど、その努力が報われるかどうかは不確定で、その先にある未来は再び分からなくなる。
もしかしたら未来を知ったことにより、いらぬトラブルに巻き込まれることもあるかもしれない。
そんなことを考えたら、結局どこから始めても未来は見えないままではないかと思った。
だったらそんなに肩肘を張らなくてもいいような気がしてきて、これからくる未来を少しだけ楽しみにして見ていこうと思った。
【もしも未来を見れるなら】