あなたに見つめられるとわたしの心は誤作動を起こす。
本当はもっとゆっくり話したいのに、見つめられると逃げ出したくなって、言葉が早口になってしまう。
言いたいことはたくさんあるのに、その半分も満足に伝えられなくなる。
どうすればいいんだろう。
誰か教えてほしい。
【見つめられると】
君と隙間なく
ぴったりと抱き合えば
僕の心は君となり
君の心は僕となる
まるで二つ合わさった
ひとつの大きな心臓のように
【My Heart】
あれもこれも欲しい。
そう思っていっぱいに詰め込んだ。
それでもまだ足りない。
どうしようと途方にくれていると、後ろから肩を叩かれた。
──どうしたんだい? そんなに荷物を詰め込んで。
──ああ、君か。いや、持ち物の用意をしているんだけど、どうにも色々足らなくて。
──もう君の荷物はパンパンじゃないか。
──でもないものがまだいっぱいあるんだ。現にほら、君はそれを持っているけど、僕は持っていない。これじゃあ何かあった時に困るだろ。
──では、こうしよう。君が困った時は僕の持ち物からこれを貸そう。だから、僕が困った時は君の持ち物を貸してくれ。
相手にそう言われて微笑まれたら、あんなに焦っていた気持ちがなくなり、肩がすうっと軽くなった。
【ないものねだり】
人参が好きじゃない。
ピンク色が好きじゃない。
外に出るのは好きじゃない。
人ゴミなんて好きじゃない。
でも。
君は食べることが大好きで。
もちろん人参も好きで。
淡いピンク色が好きで。
外出してショッピングに行くのも、映画を見に行くのも、遊園地に行くのも好きだから。
僕はけっきょく君が作った料理に入っている人参は食べるようにしているし、君が買ったピンク色のものが家に増えてもとりあえずは黙っているし、君と一緒に外出して人ゴミの中に行くことになっても頑張って我慢している。
別に僕はそれらのことが好きじゃないのに。
君といることは大好きだから。
【好きじゃないのに】
桜のつぼみも膨らみ、あたたかな風が春の香りを運ぶ今日この頃。
ありがとう。
お世話になりました。
頑張れよ。
元気でね。
晴れ渡った青い空の下、卒業生達の新たな旅立ちを祝福する声があちこちで聞こえる。
そんな泣きながらも笑う人達が集う間を縫って、俺は周囲に首を巡らす。目的の人物の姿はまだ見当たらない。
あと探してないところは──と、思い出していけばふとある場所が頭に浮かんだ。
俺は誰かに見付かって咎められる前にと、早々に気配を消して校舎内へと駆け出した。
みんな校庭に出払ってしまっているのか、三年のクラスがある三階の廊下は、しんっとして静まり返っていた。
俺は足音を立てないよう慎重に、けれど少し早足になって、三年の教室を端からひとつずつ中を確かめながら回っていく。
──あ、いた。
とうとう探していた人物の、後ろ姿を発見する。窓辺に肘をついて外を眺めているらしいその人物へ俺がゆっくりと近付いていくと、気配に聡いそいつはすぐにびくっと肩を揺らして後ろを振り返った。
「よっ!」
俺は明るく笑って片手を上げる。
振り返ったそいつは思いっきり眉を顰めた後、ずびっという音が盛大に聞こえるほどに鼻水を啜っていた。
「何しに来たの」
「別にぃ~? 何となく、来たかったから」
「放っといて欲しいんだけど」
そいつは再びくるりと窓辺へ顔を戻す。泣き顔を見られるのが本当に嫌なのか、そのまま窓縁についていた両腕に顔を突っ伏した。
俺は構わずそいつの隣にまで足を進める。
下を見れば晴れ晴れとした表情の生徒達が、互いに最後の別れを惜しみ合ったり、新天地への門出を励まし合ったりと、眩しいくらいの光景が広がっていた。
「・・・・・・ダメだったの?」
俺はぽつりと呟いてみる。明らかな動揺を見せて背中をピクリと動かしたそいつは、突っ伏した姿勢のまま僅かに頷いた。
「そっか。まあ、頑張ったじゃん。ちゃんと告白したんだろ?」
「・・・・・・した。先生にちゃんと自分の気持ち伝えられたし、今までお世話になったことにも・・・・・・、お礼、言えた」
それでも、やっぱり悲しいものは悲しいと、そいつは震えた声で続ける。
俺は肩に掛かっているそいつの長い髪を、ぽんぽんと労るように撫でた。
小さな嗚咽が繰り返される音を聞きながら、俺は教室の窓から覗く澄んだ青空へと視線を上げる。
すぐ隣で降り続ける雨は、まだ当分止みそうになかった。
【ところにより雨】