街の広場はひしめき合う人々の熱気と暗い憎悪に満ちていた。集まった人々の注目の先には、大きな断頭台が不気味な死神のように聳え立っている。そこに屈強な鎧を纏う二人の騎士に挟まれ、両手を後ろで縛られ顔に麻袋を被せられた一人の男が連れて来られた。
男は言葉にならないうめき声を上げ、激しく抵抗するように身動ぎしている。男の体躯は乱暴に断頭台の前に引きずり出されると、被せられた麻袋を顔から剥がされた。そこには幽鬼のように落ち窪んだ目をした、男の醜い顔があった。男の表情が露わになった瞬間、人々から怒号のような声が上がる。それでも男は暴れるのをやめない。両肩を左右から騎士達に抑え込まれているのにもかかわらず激しく首を振り、猿轡を噛まされた口の端から汚らしい唾を垂らしていた。
断頭台の前で両膝を折る男の前に、ひとつの人影が静かな足取りで横から進み出た。
人影の姿に騒がしかった周囲の人々の叫びがおさまる。二人の騎士も姿勢を正すように僅かに項垂れ、男の前に立つ人影へと敬意を払った。
人影はまだ二十歳そこそこの青年だった。
その青年に向かって、目を剥いた男がうめき声を大きくした。騎士が抑えていなければ、今にも飛び掛からんばかりの勢いだった。
その男の様子をじっと見据えた青年は、悲しげに瞳を揺らす。そしてゆっくりと語り出す。
「かつての王よ。貴方は特別な存在だった」
もう手の届かない遠くにある何かを懐かしむように、青年は視線を男から外し空を映す。
「そして私も貴方を、特別な王だと尊敬していた」
いまここにみすぼらしく膝を折る男は、かつてのこの国の王だった。そして男の前に静かに佇む青年は、かつてのこの国の王の息子だった。
「けれど、王よ。貴方が特別なのは、貴方を特別として見てくれる民がいればこそ。民に見捨てられた貴方などに、いったい何の価値があるというのか」
偉大だったはずの王は、いつしか自身を特別な存在と過信して地に堕ちた。自らの存在を脅かす者を処刑し、認めぬ者には非道な拷問を行った。
「私慾に塗れた瞬間、貴方は貴方自身の特別を失ったのだ」
男へと視線を戻した青年の瞳は、今度はまるで鋭利な刃物のように、冷たく研ぎ澄まされていた。
そんな青年の言葉などまるで聞こえてないのか、かつて王だった男は変わらず喉から耳障りな唸り声を上げていた。頬には暗い影が差し、血走った目にはドス黒い怒りや憎しみがこびりついている。
青年はもうこれ以上は無駄だと判断した。
大好きだったはずの父はもう死んだ。ここにいるのは多くの民を死に至らしめた、もはや人間ですらない何か。
青年は一歩後退ると片手を上げた。それを合図に騎士達が、抱えていた男の首を断頭台へと固定する。
断頭台から降りた青年は、家臣達の元まで下がりひそかに目を閉じる。刃を吊り上げていたロープが断ち切られた音を感じとりながら、熱くなりそうな目頭を必死に押さえつけていた。
【特別な存在】
バカみたいなことばかり
必死になってやり続けていた
人に指を指されて嘲笑われたり
そんなことしても無駄だと呆れられたり
しまいには見下されて蔑まれたりもしたけれど
バカみたいなことだって
自分がいいと信じて
必死になってやり続けていったから
いま予想もしていなかったような
多大なる喝采と賞賛が
溢れんばかりに聞こえてくる
【バカみたい】
放課後の教室で二人きり
窓辺から差し込む夕日のオレンジ色が
お互いの姿を眩しく照らす
帰らないの? と私が問えば
帰りたくない と貴方は返す
そっか 私と同じだね と笑って言えば
このまま時間が止まればいいのに なんて
素敵な台詞を 言ってくれる
ああ そうだね
私と貴方 この二人だけの世界
ずっと続けばいいのにね なんて
叶わない願望を口にするつもりはないけれど
時々訪れる
二人ぼっちだけのこの空間が
私は好き
【二人ぼっち】
これは夢なのかな。
そう問い掛けたら、
そうだよ、夢だよ。
と言う、君の声が返ってくる。
夢だから、
醒める前に早く終わらせよ。
夢だから、
忘れてもいいんだし。
そうか。
これは夢なのか。
そう思ったら、
何故か涙が一筋こぼれ落ちてきた。
夢の中でなら君と思う存分愛し合える。
そこには僕らを苦しめた身分の差も、
僕らを別たせた戦争という残酷な悲劇も、
どこにもないのだから。
愛してるよ、と僕は言う。
私もよ、と君が返す。
けれど、ずっと一緒に居ようとは、
僕も君も言わなかった。
【夢が醒める前に】
失敗は誰にでもある。
人生は失敗の連続である。
だから、失敗したところで落ち込む必要など・・・・・・ない。そう、ないはずなのだが。
「博士、これで9999回目です。いいかげん、もうやめにしませんか?」
私はもう慣れてしまった毎度の光景に、げんなりとして肩を落とす。
「何を言っているのだ、助手よ。こんな如きでやめるなど発明家の名折れだぞ」
「いや、そんなコントみたいな髪型のまま言われても・・・・・・」
モクモクと煙がのぼる機械の傍らに立った、黒縁メガネを掛けた丸いアフロヘアへ向けて溜息をこぼす。こんなのが世間ではちょっとした天才発明家としてもて囃されているのだから世も末である。
「さあ、助手よ。次だ次。準備に取り掛かってくれ」
「これ、いつまで続けるんですかね?」
「そんなのは、成功するまでに決まっているだろう」
「よくもまあ、9999回も失敗して落ち込まずにいられますね」
「1万回目で成功するかもしれんぞ。その方がきりがよくて響きがカッコイイだろう。それにまだ試してみたいことが山ほどあるんだ。楽しみ過ぎて胸が高鳴ることはあっても、落ち込むことなどあり得んよ」
「・・・・・・そうですか」
私よりだいぶ年上の男性が、眩しいほどにキラキラと目を輝かせている。清々しいまでの無邪気な笑顔でそう言われたら、もう私が何を言っても無駄だろう。
私は次の準備に取り掛かる。世間ではちょっとした有名人であるはずの博士には、助手は私しかいない。うら若き乙女が働く職場としては仕事量は半端ないが、今は辞めようなんてことは思っていなかった。
確かに博士がいま取り掛かっているものが成功すれば、世紀の大発明となる。それを助手という立場で迎えられたなら、私の今後の地位も安泰だ。
「準備はいいか、助手よ」
「はい、博士。いつでもどうぞ」
博士と共に日々を過ごすたび、大きくなるこの胸の高鳴りは、きっとそういう理由なのだろうと、今はそう結論づけた。
【胸が高鳴る】