恋人同士になったばかりの頃は、手を繋ぐだけでドキドキして、そのドキドキが楽しくて嬉しくて仕方がなかった。
キスだって初めは軽く触れあうようなものだけで体温が上がって、でも回数を重ねるたびにもっともっとと欲張りになった。
互いに見つめ合うのも、顔に貴方の指先が触れるのも、肩に貴方の手が置かれるのも、一緒に過ごす時間が長くなるたびに、当たり前なくらい身近なものになった。
だから初めての時の恥ずかしさほどにはならないだろうと、思っていたのだけれど。
純白のドレスに身を包んで受けた誓いのキスは、今までのどれとも違って、愛と幸福がいっぺんに降ってきたみたいで。
愛しているよという感情が、唇に触れた熱を伝って証みたいに残ったから。
もう我慢できなくなって。
思わず照れてはにかんだ。
【Kiss】
「勝負をしましょう」
向かい合う彼女が不敵に笑った。
彼女は両腕を広げて視線だけで眼下を示す。
「私とあなた。どちらがこの真っ黒な盤面により多くの優れた星々を生み出せるか」
僕は大きな溜息をついた。
「無駄だよ。あちこちに銀河を作ったところで、どうせ星に住まわせた生物たちが互いに争うか、環境を破壊するかして消滅するのがオチだ」
僕がそう意見を述べれば、ロマンが足りないなと彼女は腕を組んだ。
「まだやってもないのにわからないじゃない」
「先人たちはそれで失敗したろ。代替わりした僕らはその失敗から学ばないと」
「失敗したからもうやらないじゃなくて、どうしたらその失敗を活かせるかよ」
「なら、知能の低い生物たちが進化しないよう管理すれば、星が長続きするんじゃないか」
「嫌よ。そんなの創ったってつまらない」
彼女は頑なに首を振った。組んでいた腕を解いて、僕を真っ直ぐに見つめる。
大丈夫よ──。
彼女が今度は柔らかに笑う。
「あなたと私が創った子たちなら、絶対に続いていくわ」
1000年先も、その先も──。
彼女の瞳の奥に確信めいた光が宿っている。こうなるともうこちらが何を言っても聞かないし、結局は僕が折れることになる。
「わかった。付き合うよ、その勝負」
まあ、1000年だろうが、何億光年だろうが、君といれば退屈だけはしないだろうしね。
【1000年先も】
遠い異国へ去るあなたは。
きっと私のことなど忘れてしまうでしょう。
港に立って見送った船は。
無慈悲にも小さくなっていく。
涙を流すのは癪なので。
私のことを忘れないでと。
すがって引き止めたかった想いごと。
波に揺れる水面へと、摘んだ勿忘草を投げ捨てた。
【勿忘草(わすれなぐさ)】
夕焼け色に染まった公園で。
ひとりでブランコを漕いでいると。
「ねぇねぇ、君」
と呼びかけられた。
誰もいなかったはずの隣のブランコに。
いつの間にか自分と同じくらいの年の女の子が座っていた。
「いつまでここにいるの?」
女の子がそう訊いてきたので。
「お母さんが迎えに来るまで」
と答えたら。
「ブランコ好きなの?」
と訊いてきたので。
「わかんない」
と答えた。
そしたらその女の子は首を傾げて。
「なーんだ」
と間延びした声を出したあと。
「ブランコをいっぱい漕いだから、君の足はそんなに短いのかなと思ったのに」
と言ったので。
お母さんはもう迎えに来ないのだと、ようやく僕は悟ったのだった。
【ブランコ】
やっと辿り着いた。
もう何度そう思っただろう。
その度に、いや違う。
こんな場所で終われるか。
まだこれからだ、と自分を奮い立たせてきた。
気づけばずいぶんと長い道を歩き続けてきたように思う。
けれど、旅路の果てにはまだ遠い。
【旅路の果てに】