Yushiki

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1/16/2023, 4:49:47 PM

「鏡よ鏡。この世で一番美しい者は誰?」
『それは貴方様です』

「・・・・・・もう、嘘つきね。私なんかが美しい訳ないじゃない」
『いいえ、嘘ではありません』

「私なんてどこを見ても醜いわ。目は細いし、鼻はぺちゃんこだし、口だって大きすぎる」
『本当の美しさとは目には見えないものですよ』

「でも、だったらお前にだって見えないじゃない。お前は外見しか映さない鏡だもの」
『いいえ、姫君。私は魔法の鏡ですから』

「それが何だというの? お前は私の問いに答えるか、喋ることくらいしかできないでしょ」
『いいですか、姫君。この世にある美しさに明確な定義はつけられませんが、美しいという概念は一人では成立しないものなのですよ』

「そうかしら? 美しいものはそこに在るだけで美しいのではなくて?」
『美しいとは他者の心が伴っていなければなりません。感受する誰かの存在がなければ、それはまったく醜いただの独り善がりとなるでしょう』

「・・・・・・お前の話は少し難しいわ。私にはやっぱりよくわからない」
『では姫君、どうか私を信じてください。毎日貴方様をこの身に映す私が、貴方様の全てを映し通す私が、貴方様を心から美しいと思っていることを』

「でも私はそう簡単にお前の心とやらを信じられないわ。自分を信じるのも自分じゃない誰かを信じるのも、私にとってはとても難しいことなのよ・・・・・・」
『だから私が毎日魔法を掛けましょう。貴方様はただ毎日私へ問い掛けてくださればいいのです』

「鏡よ鏡。この世で一番美しい者は誰・・・・・・って?」
『ええ。そうしていつの日か必ずきっと──。私も貴方様も信じて止まない美しい人が、すぐ目の前に現れるはずですから』



【美しい】

1/15/2023, 10:51:57 PM

この世界はまるでパズルのピースのようだ。

ひとつひとつ形が違うのに、無駄なピースはひとつとしてない。

必ずどんなピースにも相応しい場所があって、そこに行き着けば隣り同士のピースと手と手を取り合うようにしてかちりと嵌まる。

全てのピースがあるべきところにおさまれば、それはかけがえのない唯一無二の作品となる。


けれどこの世界は生まれてからこのかた、未だ完成していない。

ピースのあるべき場所を探すのはなかなに難解なのだ。

だからこそこんなに楽しい遊びはない。
まだ見ぬ完成品に思いを馳せ、美しさをいくらでも想像できるのだから。



【この世界は】

1/14/2023, 12:14:05 PM

最初の私はまだ小さな子供だった。
目に映る全てのものが、耳で捉える全てのものが、鼻を擽る全てのものが、手に触れる全てのものが、舌で味わう全てのものが、初めて体験するものばかりであった。

周りを囲む世界は新しいものに満ち溢れ、常に刺激が絶えなかった。

私は好奇心の赴くまま、あらゆることを調べつくした。
毎日が疑問の連続で、毎日が発見の連続だった。

どうしてこれはああなるんだろう。
どうしてそれはそんなふうになっているんだろう。

どうして、どうして、どうして──?

いつの間にか私は大人になっていた。
私の周囲を取り囲む世界の中に、私の知らないことはなくなった。

あんなに日々昂揚していたはずの心は萎み、キラキラと輝いて見えていたはずの毎日が、とても退屈でつまらないものに感じ始めていた。

ああ、わからない。
私はどうしてしまったんだろう。

そこで私は、はたと気付く。
私にはまだ調べつくしていないものがあった。

私は私のことを何も知らない。
私は私のことを知りたくなった。
まず手始めに心について。
先程まではあんなにも空虚であった心が、今は少しだけ昂ぶり始めている。
どうしてこんな現象が起きるのか。
その仕組みを解明するため、まずは私の中にあるはずの心を取り出して調べてみよう。



【どうして】

1/13/2023, 2:38:33 PM

「貴方の夢を美味しくいただきにあがりました」

 シルクハットにモノクル。片手にはお洒落なステッキ。紳士然としたスーツを身に纏ったそいつは、出会ってまず開口一番にそう言った。

 は? と俺が間抜けな声を出せば、そいつは不躾にもこちらを指差してニコリと笑う。

「そういう訳ですので、飛び降りるなら、お先にどうぞ。私の食事は貴方が死んでからでも問題ないので」

 ぐっと息が詰まる。吹き上がる冷たいビル風が頬に当たった。

「・・・・・・お前、一体何者だよ」
「残念ながら私に名はございません。ただ他者の夢を主食として生きている、そういう存在としてご認識ください」

 貼り付いた笑顔が胡散臭い。
 あと数歩進めば何もかもを終わらせることができたのに、得体の知れないそいつの予期せぬ登場に、俺はついいらぬ会話をしてしまった。

「俺の夢なんて食ってもうまくない。どうせ取るに足らない夢だ」
「取るに足らないかどうかは、食べてみなければわかりませんよ」
「わかるよ。だって俺の夢だ。身の丈に合わない夢を見続けて、ついには叶えられずに潰えただけの愚かな夢だよ」

 気付いたらぎりりと奥歯を噛んでいた。目頭から熱いものが込み上げてきて、いつの間にか頬を滴が濡らしていた。

「私には貴方の気持ちは分かりません」

 そいつは静かにそう言った。

「けれど、確かに言えることがあります。私が今まで食べてきたもので美味しくなかった夢など、この世にはまだひとつもないということです」

 はっと目を見開いた。俺は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、そいつを見つめる。

「夢を見れるのは生きている者だけの特権ですよ」

 そいつはニコリと笑った。さっきの胡散臭い笑みとは違う、どこか優しげな穏やかな口元だった。

「さて、どうしますか? 貴方が何を選ぼうと私の食事に影響はありませんが」

「俺は・・・・・・」

 身体の向きをくるりと変えた。黙って俺を見守るそいつに俺は意を決して宣言する。

「生きたい。生きてまだ俺は────」



【夢を見てたい】

1/12/2023, 3:32:09 PM

ずっとこのままでいたいと、そう考えた時間が何度となくあっても、それは刹那ほどにも短くて、いつも長続きしないことを知っている。

ずっとこのままなのかと、そう思った絶望が何度となくあると、それは途方もなく深い闇のようで、いつか来るはずの夜明けのことまで忘れてしまう。

ずっとこのままでいたいと、そう感じた幸福が一度だってあったなら、それはなんとも素敵な奇跡のようで、いつか顧みた日の私のことを、

──この先ずっと、覚えてる。



【ずっとこのまま】

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