この世界はまるでパズルのピースのようだ。
ひとつひとつ形が違うのに、無駄なピースはひとつとしてない。
必ずどんなピースにも相応しい場所があって、そこに行き着けば隣り同士のピースと手と手を取り合うようにしてかちりと嵌まる。
全てのピースがあるべきところにおさまれば、それはかけがえのない唯一無二の作品となる。
けれどこの世界は生まれてからこのかた、未だ完成していない。
ピースのあるべき場所を探すのはなかなに難解なのだ。
だからこそこんなに楽しい遊びはない。
まだ見ぬ完成品に思いを馳せ、美しさをいくらでも想像できるのだから。
【この世界は】
最初の私はまだ小さな子供だった。
目に映る全てのものが、耳で捉える全てのものが、鼻を擽る全てのものが、手に触れる全てのものが、舌で味わう全てのものが、初めて体験するものばかりであった。
周りを囲む世界は新しいものに満ち溢れ、常に刺激が絶えなかった。
私は好奇心の赴くまま、あらゆることを調べつくした。
毎日が疑問の連続で、毎日が発見の連続だった。
どうしてこれはああなるんだろう。
どうしてそれはそんなふうになっているんだろう。
どうして、どうして、どうして──?
いつの間にか私は大人になっていた。
私の周囲を取り囲む世界の中に、私の知らないことはなくなった。
あんなに日々昂揚していたはずの心は萎み、キラキラと輝いて見えていたはずの毎日が、とても退屈でつまらないものに感じ始めていた。
ああ、わからない。
私はどうしてしまったんだろう。
そこで私は、はたと気付く。
私にはまだ調べつくしていないものがあった。
私は私のことを何も知らない。
私は私のことを知りたくなった。
まず手始めに心について。
先程まではあんなにも空虚であった心が、今は少しだけ昂ぶり始めている。
どうしてこんな現象が起きるのか。
その仕組みを解明するため、まずは私の中にあるはずの心を取り出して調べてみよう。
【どうして】
「貴方の夢を美味しくいただきにあがりました」
シルクハットにモノクル。片手にはお洒落なステッキ。紳士然としたスーツを身に纏ったそいつは、出会ってまず開口一番にそう言った。
は? と俺が間抜けな声を出せば、そいつは不躾にもこちらを指差してニコリと笑う。
「そういう訳ですので、飛び降りるなら、お先にどうぞ。私の食事は貴方が死んでからでも問題ないので」
ぐっと息が詰まる。吹き上がる冷たいビル風が頬に当たった。
「・・・・・・お前、一体何者だよ」
「残念ながら私に名はございません。ただ他者の夢を主食として生きている、そういう存在としてご認識ください」
貼り付いた笑顔が胡散臭い。
あと数歩進めば何もかもを終わらせることができたのに、得体の知れないそいつの予期せぬ登場に、俺はついいらぬ会話をしてしまった。
「俺の夢なんて食ってもうまくない。どうせ取るに足らない夢だ」
「取るに足らないかどうかは、食べてみなければわかりませんよ」
「わかるよ。だって俺の夢だ。身の丈に合わない夢を見続けて、ついには叶えられずに潰えただけの愚かな夢だよ」
気付いたらぎりりと奥歯を噛んでいた。目頭から熱いものが込み上げてきて、いつの間にか頬を滴が濡らしていた。
「私には貴方の気持ちは分かりません」
そいつは静かにそう言った。
「けれど、確かに言えることがあります。私が今まで食べてきたもので美味しくなかった夢など、この世にはまだひとつもないということです」
はっと目を見開いた。俺は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、そいつを見つめる。
「夢を見れるのは生きている者だけの特権ですよ」
そいつはニコリと笑った。さっきの胡散臭い笑みとは違う、どこか優しげな穏やかな口元だった。
「さて、どうしますか? 貴方が何を選ぼうと私の食事に影響はありませんが」
「俺は・・・・・・」
身体の向きをくるりと変えた。黙って俺を見守るそいつに俺は意を決して宣言する。
「生きたい。生きてまだ俺は────」
【夢を見てたい】
ずっとこのままでいたいと、そう考えた時間が何度となくあっても、それは刹那ほどにも短くて、いつも長続きしないことを知っている。
ずっとこのままなのかと、そう思った絶望が何度となくあると、それは途方もなく深い闇のようで、いつか来るはずの夜明けのことまで忘れてしまう。
ずっとこのままでいたいと、そう感じた幸福が一度だってあったなら、それはなんとも素敵な奇跡のようで、いつか顧みた日の私のことを、
──この先ずっと、覚えてる。
【ずっとこのまま】
スマホを空中に向け、カシャッとカメラを鳴らす。
何回も。何回も。それを繰り返す。
ひらひらと舞い落ちる真白な雪を、次々と四角い画面に閉じ込めていく。
儚げなこの雪の美しさを、少しでも手元に残せたら──なんて、そんなたいそうな理由で撮り始めた訳ではないけれど。
コートの袖口から覗いた指先が、痛いくらいに冷たくて。
麻痺したような感覚が、じんわりと熱を持つほどだったから。
その熱につい浮かされて、いま目の前に積もる冬の光景を、変わらぬままに捕らえてみたくなったのかもしれない。
【寒さが身に染みて】