作品No.242【2024/11/28 テーマ:終わらせないで】
※半角丸括弧内はルビです。
冬柚希(ふゆの)が、俺の手を摑む。ひんやりと冷たい手だった。
「終わらせないで」
その一言を冬柚希が発した瞬間、俺の意識は覚醒した。
「夢……か?」
そう呟いてから、当たり前だ、と気が付いた。冬柚希はもう、いないんだから。
わかっているのに、手には、冬柚希の冷たい手の温度が残っていて、俺は現実味のない場所にいるような気がしてしまう。
冬柚希に会いたい。冬柚希の元にいきたい。
何度そう願っただろう。
「冬柚希は、それを願ってないんだろうな」
あの言葉は、そういう意味なのだろう。それでも俺は、多分繰り返すのだと思う。
己の命を、自ら終わらせる——最愛の人が望んでいない行為を、この先も。
作品No.241【2024/11/27 テーマ:愛情】
愛情って何だ?
無償だとかいうけど
本当にそうか?
見返りを求めてはいないか?
それ以前に
無尽蔵に湧くものでもないだろう
すきなモノに飽きては
また別のモノをすきになる
そういうモノを
〝愛情〟と呼んでいいのだろうか?
作品No.240【2024/11/26 テーマ:微熱】
熱はないはず、と、思っているのだけれど、ここ最近熱を測ると三十七度台。今年の平均体温、三十七点〇一度。今年は四月からずっと、月の平均体温も三十七度台。ちなみに去年の平均は、三十六点八九度。
この差はいったいなんだ?
この熱と呼んでいいのかわからない熱はなんだ?
作品No.239【2024/11/25 テーマ:太陽の下で】
男は、その女を木に縛りつけた。女は、荒い呼吸を繰り返しながら男を睨む。
「まだそんな表情ができるとは、感心ですね」
男はにっこりと笑いながら言った。
「ですが、もう諦めた方がよろしいかと。いくらあなたでも、この状態では勝ち目がないはずです」
「卑怯者が……!」
女は、美しい顔をさらに怒りに歪ませる。しかし、怒りの矛先にいるはずの男の表情は変わらない。
「こうでもしないと、私のようなただの人間は勝てませんから」
男はそう言って、後ろを振り返る。少しずつ明るくなっていく空が広がっていた。女の表情が、一瞬にして焦りへと変わる。
「くっ……」
逃げ出すためだろう、必死に身を捩る。男は、そんな女の肩に、持っていた短剣を突き刺した。
「う、あぁぁぁっ‼︎」
「逃しませんよ」
陽が、だんだんと高くなる。そして、その光が女の肌をさした瞬間、
「がっ! あ、あぁぁぁっ! いや、やだ! やあぁぁぁ‼︎」
と、女は悲鳴を上げた。陽光が当たったそこから、女の身体は火傷のように赤くなり、そして、発火した。その火はやがて女自身を焼き尽くした。女の身体は跡形もなく、灰となって風に流されていく。男はただ、それをぼんやり眺めていた。
「言っておきますが、あなたが望んだことですから、悪く思わないでくださいね」
自分の言葉を拾う者がいないとわかっていて、男は言う。
「『太陽の下であなたと過ごしたい』——そう言っていたのは、他ならぬあなたなのですから」
男は言って背を向ける。男の頭の中では、ただの人間のふりをしていた女の笑顔と、その女の断末魔が、繰り返し繰り返し流れ続けていた。
作品No.238【2024/11/24 テーマ:セーター】
※半角丸括弧内はルビです。
セーターが送られてきた。見るからに手作りとわかる、少し縫い目が荒く不揃いのセーターだ。受取人は俺の名前で、差出人はありふれた名字だけが書かれていた。
「どーしたの、三登(みと)」
ボーッと箱の中身を見つめている俺に、食器洗いをしている真っ最中の鳴理(なり)が声をかけてくる。俺は、なんとなく鳴理に見られたくなかったのだが、隠すのも違う気がして、
「いや……知らない人からセーターが届いたんだよ」
と、正直に答えた。鳴理は、軽く手の水気を振って払うと、キッチンペーパーでさらに手を拭きながら、俺の隣にやってきた。
「【鈴木(すずき)】さん——って、名字だけしか書いてないの? これはまたどこにでもいる名字だね。ほんとに知り合いにいないの?」
「名字だけじゃ、知り合いいすぎてわからないよ。友達とか、職場関係とか、親戚とかね。俺の母さんだって、旧姓は〝鈴木〟だったし」
そう言って肩をすくめると、鳴理は、
「それは困ったね」
と、顎に手を当てて考え込んだ。
「手書きだったらまだ特定の余地ありそうだけど、印刷された伝票じゃ無理だしね」
鳴理は、俺が箱から剥がした伝票を見てそう言った。
「ねぇ、三登」
鳴理は、唐突に声を低くして俺を呼んだ。そして、セーターを指さすと、
「これ、ちょっと触ってもいい?」
と、訊いてきた。疑問に思いながらも、俺は頷いた。
「まさかとは思うけどさ」
鳴理の手がセーターを拡げる。そして、拡げたそれを俺の背に当てがった。
「……うわ」
短くそう呟いた鳴理が、セーターを箱に戻す。いや、それは戻すというよりも、無理矢理箱に突っ込んだといった方が正確だろう。鳴理は、セーターをぐしゃぐしゃに丸めて箱に乱雑に入れたのだ。
「どうしたんだよ、鳴理」
「三登」
鳴理は、セーターから視線を逸らさない。そのまま、口だけを動かした。
「ほんとに、これの送り主に心当たりないの?」
「ないよ。どうしてそんなこと訊くの?」
「だって」
鳴理が、俺の方を見る。その目は、怯え揺らいでいるように見えた。
「このセーター、多分手編みだと思うんだけど」
鳴理は、躊躇したのか一度言葉を止める。そして、しばらく沈黙した後、意を決したように口を開いた。
「サイズが三登にぴったりすぎるんだもん」