帰燕[Kien]

Open App

作品No.238【2024/11/24 テーマ:セーター】

※半角丸括弧内はルビです。


 セーターが送られてきた。見るからに手作りとわかる、少し縫い目が荒く不揃いのセーターだ。受取人は俺の名前で、差出人はありふれた名字だけが書かれていた。
「どーしたの、三登(みと)」
 ボーッと箱の中身を見つめている俺に、食器洗いをしている真っ最中の鳴理(なり)が声をかけてくる。俺は、なんとなく鳴理に見られたくなかったのだが、隠すのも違う気がして、
「いや……知らない人からセーターが届いたんだよ」
と、正直に答えた。鳴理は、軽く手の水気を振って払うと、キッチンペーパーでさらに手を拭きながら、俺の隣にやってきた。
「【鈴木(すずき)】さん——って、名字だけしか書いてないの? これはまたどこにでもいる名字だね。ほんとに知り合いにいないの?」
「名字だけじゃ、知り合いいすぎてわからないよ。友達とか、職場関係とか、親戚とかね。俺の母さんだって、旧姓は〝鈴木〟だったし」
 そう言って肩をすくめると、鳴理は、
「それは困ったね」
と、顎に手を当てて考え込んだ。
「手書きだったらまだ特定の余地ありそうだけど、印刷された伝票じゃ無理だしね」
 鳴理は、俺が箱から剥がした伝票を見てそう言った。
「ねぇ、三登」
 鳴理は、唐突に声を低くして俺を呼んだ。そして、セーターを指さすと、
「これ、ちょっと触ってもいい?」
と、訊いてきた。疑問に思いながらも、俺は頷いた。
「まさかとは思うけどさ」
 鳴理の手がセーターを拡げる。そして、拡げたそれを俺の背に当てがった。
「……うわ」
 短くそう呟いた鳴理が、セーターを箱に戻す。いや、それは戻すというよりも、無理矢理箱に突っ込んだといった方が正確だろう。鳴理は、セーターをぐしゃぐしゃに丸めて箱に乱雑に入れたのだ。
「どうしたんだよ、鳴理」
「三登」
 鳴理は、セーターから視線を逸らさない。そのまま、口だけを動かした。
「ほんとに、これの送り主に心当たりないの?」
「ないよ。どうしてそんなこと訊くの?」
「だって」
 鳴理が、俺の方を見る。その目は、怯え揺らいでいるように見えた。
「このセーター、多分手編みだと思うんだけど」
 鳴理は、躊躇したのか一度言葉を止める。そして、しばらく沈黙した後、意を決したように口を開いた。
「サイズが三登にぴったりすぎるんだもん」

11/24/2024, 2:58:32 PM