帰燕[Kien]

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作品No.239【2024/11/25 テーマ:太陽の下で】


 男は、その女を木に縛りつけた。女は、荒い呼吸を繰り返しながら男を睨む。
「まだそんな表情ができるとは、感心ですね」
 男はにっこりと笑いながら言った。
「ですが、もう諦めた方がよろしいかと。いくらあなたでも、この状態では勝ち目がないはずです」
「卑怯者が……!」
 女は、美しい顔をさらに怒りに歪ませる。しかし、怒りの矛先にいるはずの男の表情は変わらない。
「こうでもしないと、私のようなただの人間は勝てませんから」
 男はそう言って、後ろを振り返る。少しずつ明るくなっていく空が広がっていた。女の表情が、一瞬にして焦りへと変わる。
「くっ……」
 逃げ出すためだろう、必死に身を捩る。男は、そんな女の肩に、持っていた短剣を突き刺した。
「う、あぁぁぁっ‼︎」
「逃しませんよ」
 陽が、だんだんと高くなる。そして、その光が女の肌をさした瞬間、
「がっ! あ、あぁぁぁっ! いや、やだ! やあぁぁぁ‼︎」
と、女は悲鳴を上げた。陽光が当たったそこから、女の身体は火傷のように赤くなり、そして、発火した。その火はやがて女自身を焼き尽くした。女の身体は跡形もなく、灰となって風に流されていく。男はただ、それをぼんやり眺めていた。
「言っておきますが、あなたが望んだことですから、悪く思わないでくださいね」
 自分の言葉を拾う者がいないとわかっていて、男は言う。
「『太陽の下であなたと過ごしたい』——そう言っていたのは、他ならぬあなたなのですから」
 男は言って背を向ける。男の頭の中では、ただの人間のふりをしていた女の笑顔と、その女の断末魔が、繰り返し繰り返し流れ続けていた。

11/25/2024, 2:55:03 PM