作品No.199【2024/10/16 テーマ:やわらかな光】
隣の部屋から、音が聴こえる。時計を見ると、午前二時ピッタリ。お隣さんの、いつもの日課だ。壁に背を預け、壁に耳を当てて、私はしばらくその音に耳を傾けることにする。
優しいメロディーが、時折止まり、変化し、戻り、進み、を繰り返す。
こうして作業をすることを、謝られたこともあった。でも私は、この時間が何よりも癒しだったから、そのまま続けてほしいとお願いした。
今夜の曲は、ひたすら優しい。あたたかく、やわらかな光に、この身が包み込まれているようだ。
目を閉じて、私はその音に身を委ねたのだった。
作品No.198【2024/10/15 テーマ:鋭い眼差し】
あなたのその、鋭い眼差しが苦手だ。だから私は、なるべく近づかないようにしていた。あなたから、逃げて逃げて、避け続けた。
今なら、わかる。
今だから、わかる。
あの目を恐れ、あなたから逃げた私は愚か者だ。もう二度と戻らなくなってから気付くなんて、とんでもなく莫迦だ。
もう二度と、あなたがその目で私を見ることはない。触れることもない。語りかけることもない。
そうなってからやっと、あなたのあの眼差しが恋しくなるなんて。
作品No.197【2024/10/14 テーマ:高く高く】
高く高く
飛べると思った
思って いた
現実はどうだ?
地べたを這い
空を見上げて
その青に焦がれる
哀れな哀れな
ちっぽけな私だ
作品No.196【2024/10/13 テーマ:子供のように】
子どものように振る舞っても
気持ちはいつでも子どものままでも
オトナなんだよ お前はさ
いつまで子どものままでいるつもりなんだい?
作品No.195【2024/10/12 テーマ:放課後】
※半角丸括弧内はルビです。
「なあ」
二人きりの放課後の教室で、叶屋(かなや)がそう声をかけてきた。僕は無言で顔を上げる。
叶屋美羽久(みわく)——学年一目立つといっても過言ではない生徒だ。明るい金髪に、耳にはいくつものピアスが輝き、両手の爪が色とりどりに飾られているその姿は、派手な人が多いこの学校でも、さらに目立つ存在として、僕の目に映った。
「彩伊里(さいり)って、ウチのことどう思う?」
「……は?」
この〝は?〟は、別にバカにした意味ではない。ただ、困惑と共に吐き出した音がそれだっただけだ。
綾部(あやべ)彩伊里——正真正銘、僕の名前だ。染めたことのない黒髪、黒縁の度入り眼鏡は、この学校においてはある意味では地味過ぎて目立つだろうが、幸運にも僕は安穏とした学校生活を送れている。目立ちたくないのだ、とにかく。だから、なるべく目立たないように日々を過ごすよう心がけている。
それなのに、だ。
そんな僕の名前を、叶屋はすんなりと口にした。それも、みんなが呼ぶ上の名前ではなく、下の名前でだ。
「だから、ウチのことどう思ってんのって訊いてんの」
「それを僕に訊いてどうするんです?」
「敬語かよ。ウケるー」
〝ウケる〟と言う割には少しだけの笑顔を浮かべて、叶屋はすぐに真面目な顔に戻る。
「彩伊里って、見るからに真面目って感じじゃん? 実際、テストとか、成績もいいじゃん? そんな人から見たウチって、どう見えてんのかなーとね、叶屋美羽久は気になった次第なんですわ」
叶屋は、頬杖をついて、僕を見る。見据えてくる。
「で、どうなの? はっきり言ってくれていいよ。別に怒んないから」
「それ、怒るフラグってやつじゃないですか」
僕のなんとなくのツッコミに、叶屋はまた笑う。意外と、よく笑う人なのかもしれないと思った。
「よくわかりませんが、僕が思ってることを、正直に言えばいいんですよね?」
「そ。お願いします」
僕は、あらためて叶屋を観察してみた。
「髪染め直すの大変そうだなとか、爪整えるの大変そうだなとか——そういったところでしょうか」
「それ、感想じゃん。ま、いいけど。……他は?」
そう言われて、僕は考える。そして、一つの結論に至った。
「すごいなと、思います」
僕の言葉に、叶屋が目を見開く。
「すごい? どこが?」
「自分を磨くために、惜しみなく色々なモノを注ぎ込める——すごいことだと思います。僕にはできない、いや、やろうとも思わないから」
最低限身なりは整えるが、僕はそれだけだ。髪を染めようとか、爪を飾ろうとか、アクセサリーを身に付けようとか、そんなことは思えないししない。
でも、叶屋は、自分がより美しく見える努力を、惜しんでいない。金色に染めた髪も、たくさんのピアスも、色とりどりに塗られた爪も、全てが叶屋美羽久を引き立たせ輝かせる。僕にはできない、僕がしないことを、やれる叶屋はすごいと思う。
「ふーん、そっか。〝すごい〟、か」
ヘヘヘ、と叶屋は照れくさそうに笑った。
「うん、なんか、聞きたかったこととは違ったけど——いいや。綾部彩伊里っぽい答えが聞けたし、ウチは満足です」
「僕に何を言わせたかったんです、一体」
「ないしょー」
そう言って笑う叶屋を、僕は、ほんの少しだけ、すてきだなと思ったけれど。それは言わずにおこうと決めたのだった。
少なくとも、今は。