《海の底》
「ばいばい」
またな、と手を振って別れた幼馴染に向けてそっと呟く。
俺は今日、死ぬことにした。
これ以上ここにいたら、いつかあなたを殺してしまう気がしたから。
ある日、ふと気がついたら手から血の匂いがした。
そして、目の前にはバラバラになった血だらけの金魚。
手には鋏が握られていて、それも血だらけ。
俺が犯人としか考えられなかった。
それから、そんな出来事はどんどん多くなった。
最初は金魚だったものの、段々小鳥や犬など大きなものになっていた。
それから、生き物を襲いたいという衝動を感じるようになった。
その衝動はどんどん強くなって段々抑えるのが難しくなった。
それでも、この生活が、幼馴染と笑って馬鹿やる日々が好きだったから。
なんとかここまで頑張ってきたんだ、けど。
もうそろそろ限界みたいだ。
彼といる時にも衝動を感じるようになって、さっき一瞬手を彼の首に回しかけた。
彼は気配に敏いから「なんだよ」とすぐ振り返って笑って聞かれた。
なんでもない、と俺はちゃんと笑えただろうか。
彼が声を掛けてこなかったら、俺は彼の首を絞めていた。
どれだけ大きな衝動も彼といたなら抑えることが出来たのに。
その衝動が彼に向かってしまったら。
俺はもう衝動を抑えられる気がしなかった。
彼にだけは、危害を加えたくなかったのに。
最初から決めていた。
少しでも、彼に衝動が向けられたなら俺は死ぬ。
だから、俺は彼と一緒に今最期だと確定した彼の家との分かれ道へと歩いて、別れを告げて。
彼が曲がり角を曲がったところで家に帰らずに駅へ向かう。
最期に海で死にたかった。
海ならば、俺が死んだことを周りから隠してくれる気がして。
彼に、
「また、放浪癖か」
と呆れながらぼんやりとずっと覚えていて欲しかったから。
飽きるまでは俺を待ってくれるかもしれないと思ったから。
どんな風に待ってくれるのかな、もしかしたら探してくれちゃうかもしれない。
海に着くまでの間、俺が居なくなった後の彼を想像する。
そうしているうちに海に着いてしまった。
学生証など俺だとバレそうなものは駅までの道にある寂れた神社に隠してきた。
万が一にでも死体が浮かばないように、漁師の道具である重りのついた網を今持っている。
もう少しだけ、彼と過ごしてみたかった。
ずっと彼と一緒の日々を過ごしていたけど、どれだけ過ごしても飽きることはなくて、しあわせってこんな感じなんだろうなぁって思う。
そうもう過ごせない日々を思い出しながらどんどん海の底へ沈んでいく。
最期まで彼のことしか思い浮かばない。
俺の人生の全ては本当に彼で出来上がっていたみたいだ。
《木枯らし》
普通の日常が壊れるのは一瞬である。
それを僕は数年前実感した。
僕の恋人が交通事故にあった。
頭を強く打った彼女の記憶は僕と会う前で止まっていた。
「はじめまして」
僕がいない時に目が覚めて良かったと思ってしまった。
彼女は人見知りで、目覚めた瞬間の僕との距離は近くて
耐えきれないものだっただろうし、それに
僕は彼女に拒絶されて、普通の反応を装うことなど出来なかっただろうから。
そこから僕は、彼女とはじめましてをやり直した。
周りの彼女と関わる人に僕との関係を内緒にして貰った。
偶然、病院の売店で仲良くなった風を装い、仲を深めていった。
距離感には細心の注意を払って、彼女が怖がらないようにしていた。
不安で泣いている彼女を抱きしめることはできずにただ、ハンカチを差し出すことしかできないその無力感に打ちひしがれることしかできない。
僕と彼女の埋まらない隙間に木枯らしが吹く。
《美しい》
僕にとって美しいは呪いだ。
度が過ぎた美しさは人を狂わせるという言葉がある。
本当にその言葉の通りだ。
僕はそのせいで人に会うことを許されない。
許されるのは目が見えない女の子だけだった。
その子も僕へ関われる嫉妬で殺された。
僕はその子を殺したやつを八つ裂きにした。
僕は美しいからその行為を許された。
そんな美しさなんて要らなかった。
女の子と幸せに生きる日々が、欲しかった。
美しさで得るものと失うものは美しさに比例する。
美しかった僕は働かず暮らせるが、人を失った。
死してすら美しいと称えられる僕は、どうしたら普通になれるのだろう。
《この世界は》
この世界は不公平だ。
明日を望む君に明日は来ないのに、明日を望まない僕に明日は来る。
君との約束で許容することができた明日を、僕はもう迎えられない。
明日を誰よりも望む君に明日は来ないなら、僕が君の身代わりとなり明日を君にもたらそう。
そう言っても「そんな明日はいらない」と君は言う。
君のいない明日なんて僕は望まないから、追いかけようと思うのに。
君は僕に呪いをかけて、追いかけられないようにした。
僕はいつも、今日こそ君の元へ行けますようにと祈りながら日々を過ごしている。
君が誰よりしあわせだと証明しなければならない。
そう思って色々な人と関わりを持って生きていってしあわせの中で死ぬのだ。
「俺の分まで幸せにならなきゃ駄目だよ」
《どうして》
気がついた時には全てが遅かった。
どうして、僕は君を信じることができなかったのだろうか。
どうして、どうして。
どれだけifを考えても、血に染まった君はもう僕の名前を呼んでくれはくれない。
僕の涙を拭ってくれない。
最後に一回でもいいから、ちゃんと素直になって、君に好きだと言いたかった。
今までやってきたことが信じられない程、幸福な最期だった。
もう後悔も何もないけれど。
もし一つだけ、僅かに心残りがあるとすれば、意外と泣き虫だった君の涙を最期に拭ってあげられなかったことだ。